第37話

 ヘリからの銃撃により、コンテナ上の男達が蜂の巣になっていく。相手も反撃を試みるが、火力が違う。

 ある程度コンテナ上の敵が減ったところで、ヘリのドアが開き、ロープが垂らされた。武装した隊員が次々と降下してくる。その数、四人。

「ユーミ! 無事だったかぁ!」

 最初に降りたガタイのいい男が叫んだ。タクティカルベスト越しでも分かるぐらい、その体は分厚い筋肉で覆われている。

「おかげ様でな、レイモンド」

「そいつはよかった!」

 レイモンドと呼ばれた男は、明智あけち達二人に駆け寄ろうとせず、先程まで敵が乗っていたコンテナの方向へ走り出す。明智達から見てコンテナの左側に向かったかと思うと、突如跳躍した。

「な――」

 そこへ現れた、敵の増援。その先頭の男の鳩尾に、レイモンドの飛び膝蹴りが炸裂した。

「凄いな、いつの間に予知能力なんて身に着けたんだ、あいつ」

「降りる前にヘリから見てただけよ」

 勇海の疑問に、ちょうど今降りた二人目が答えた。声とシルエットから、女性であることが分かる。

 レイモンドの戦いはまだまだ終わってなかった。別の敵のAKを掴んでは力任せに、引き寄せ、姿勢が泳いだ男の首に水平に伸ばした腕を叩き込んだ。ラリアットを食らって引っくり返った男の顔面を、レイモンドの太い足が踏みつけ、止めを刺す。

 三人目の敵が焦ってレイモンドにAKを向けた。フルオートでライフル弾が放たれる。

 だが、その弾丸がレイモンドを貫くことはなかった。

 先程降りた女性隊員――望月もちづきかおりが、レイモンド達よりも高速で肉薄し、AKライフルの銃口を蹴り上げたのだ。振り上げた右足を戻すと、今度は左足で下段蹴りを放ち、男の足を払う。派手に乱射しながら後頭部を打ち付けた男の手からライフルを蹴り飛ばし、踵を振り下ろす。男は痛がる暇も与えられず、首の骨を粉砕された。

 その時、別方向から銃声が鳴り響く。

 9mmパラベラム弾がちょうどレイモンドと望月の中間を通過し、四人目の男に命中した。

「油断するな!」

 ロープをまさに降りている最中だった三人目が、コンテナの左側から現れた増援に向けてMP5短機関銃を撃っていた。左手はロープを握ったまま、右手のみで、セミオートで狙い撃っている。射撃に適さないはずのかなり不安定な態勢にも関わらず、見事に敵だけを撃ち抜いていた。

「助かったぜ、リキ!」

 レイモンドはリキこと力石りきいしみつるに感謝した。

 力石が着艦したところで、三人が撃っている方向の逆側――つまりコンテナの右側から、新手が来る。

「リキさん、ちょっと失礼」

 まだロープに掴まっている最中の四人目が、その縄を半ばからナイフで切断する。腰のベルトの金具に通っていたロープから解放されると、勢いよく飛び降りた。宙を舞いながら、握っていたナイフを投擲する。ナイフは回転しながら飛んでいき、先頭にいた敵の眉間に深々と突き立った。驚きに後続の足が止まる。

 甲板に足が着いた時には、タクティカルベストからさらに二本のナイフが抜かれていた。空を切ったナイフが、二人の男の首を貫く。

「相変わらず曲芸染みたことするな、タッくんは」

 レイモンド達に合流した勇海はポツリと漏らす。

 タッくんと呼ばれた男――弦間つるまたくみは、背負っていたM4カービンに手を伸ばさず、ベストのあちこちに納めてあるナイフの一本を抜くと、残りの男達に向けて疾走する。

 男の持つAKライフルの銃口が上がった頃には、匠の接近を許してしまっていた。匠は左手でAKのハンドガードを抑え込みながら、右手のナイフを男の首に捻じ込む。ナイフを抜いた傷口から、勢いよく鮮血が噴き出す。

 匠は抜いたナイフを逆手に持ち替えると、死体と化した男の身体を左手で押す。死体の後ろにいた男に、死体が被さった。匠は突き飛ばした先と別方向へいた男へ、右手を振るう。ライフルを支えていた左腕を斬られ、悲鳴が上がった。その泣き顔へ、ナイフを思いっきり突き立てる。

 最後に残った男が、ようやく死体をどかせた。しかし、その頃には別のナイフに手を伸ばした匠が男のすぐ目の前にいた。手持ちのナイフの中でも一際刃が大きいものを握り、抜くと同時に男の頸動脈を刎ねる。結果として、匠は一発の銃弾を撃つことなく、男たちを全滅させた。

「お見事! で、まだ敵いる?」

 勇海が匠を称えつつ周りに聞くと、

『コンテナの上にも、横にもいませんね。ただ、まだ隠れている可能性もあります』

 と、無線機で答える者がいた。

「お、ツヅも来ていたのか? まだヘリにいるの?」

『皆さんがさっさと降りてしまったから、代わりに警戒していたんですよ』

 ヘリを見上げると、ドアガン(輸送機のドア付近に取り付けられる援護用火器)として取り付けられたFN MAG機関銃を保持する通津つづさとしの姿が見えた。韓国の俳優にいるような優し気なイケメン顔に眼鏡を掛けている。

「ところで、勝連かつらさんと太刀掛たちかけさんは?」

「操舵室に行ったよ」

「なら、私達も援護しに行った方がいいかな?」

 レイモンドや望月の問いに対し、

「その前に、その辺にマコトが殴って気絶させたのが二、三人転がっている。運が良ければ生きてるから、生け捕りにしてしまおう」

「おぉ、やるじゃねぇか、マコト!」

 と、レイモンドが思いっきり明智の背中を叩く。

 隊員達が身柄を確保しに散ったところで、

「さっきは助かりました」

 と、明智が勇海に礼を言った。

「いいってことよ……というか、右手で撃って当たらんことは分かっているんだから、せめて左手に替えるなりしろよ」

「咄嗟だったし、前の銃は右手でもあの距離ならまだ当てれる可能性があった」

「前、ねぇ」

 勇海が溜息をく。

 今回用意した拳銃は、自動拳銃のP220――一方、以前明智が使用していたのは回転式の、その中でも特殊なタイプのものだった。

「だったら、前の任務で捨てたりしなけりゃよかったのに」

 以前使用していたマテバ社のオートリボルバーは、人質解放の条件として、捨ててしまい、回収できていない。しかも、一九九九年に生産中止となったため、予備もなかった。

「捨てなければ、ルナが殺されていた。兄として、それはいいのか?」

「いや、よくないな」

 勇海はあっさりと明智の言葉に同調するが、「ん?」と首を傾げ、

「おい待て、今あいつのこと『ルナ』って呼ばなかったか?」

 ルナとは、MDSI隊員であり、勇海の妹である綾目あやめ留奈るなのことだ。前回の任務で負傷したため、今回の作戦には不参加となった。

「……呼んだが?」

「ちょっと前まで苗字で呼んでた記憶があるが?」

「本人にルナと呼べ、と言われた。それだけだ」

「おいおいおいおい、一体いつからお前らそんな関係になった? お兄さん許しませんよ!」

 狼狽してみせる勇海に対し、あくまでも淡々した口調で、

「何を言っているんだ?」

 と、明智は切り返す。

「ありゃ、違うの?」

 勇海が先程の狼狽が嘘だったかのような、意外な顔をする。

「……どんな関係かについては、まぁ想像できないでもないが」

 明智は一息吐き、

「俺には、そうなるつもりも……資格もない」

「……そうか。悪ぃな、無神経な質問して」

「気にしていない」

 明智はそう言って、歩き去る。


「……不器用な奴」

 明智の背中を見ながら、すっかり真顔になった勇海が呟く。ここで、無線が入った。

「こちら勇海」

『勝連だ。操舵室を制圧した』

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