第36話
弾倉交換を試みた
敵の握るナイフの切っ先が、あと二、三センチで明智へ到達しようかという瞬間――
弾倉を握っていた左手が電撃的に動いた。
金属音と共に、男のナイフが弾き飛ばされる。
何をされたのか分からない男が顔に疑問符を浮かべる前に、明智の右足が上がった。近付き過ぎた男の左脇腹に中段蹴りが炸裂する。
「おごぉっ!」
骨の間に綺麗に入った蹴りに内臓が揺さぶられ、男がよろける。
そこへ、明智の左手が再度振るわれた。鳩尾を突かれ、男の身体が一瞬浮く。ふらつき始めた男に止めを刺すため、明智は左手に持っていたものを振り上げた。
それはバナナ状に湾曲した、金属製の箱――中には9mmパラベラム弾が三十発詰まっており、重さは三百グラム以上。先程もこの弾倉を抜くと同時に振り、ナイフに当てて弾き飛ばしたのだ。
明智の左手が再度振るわれ、警棒で殴打するが如く、男のこめかみを捉えた。この一撃で、男は完全に昏倒する。
「野郎!」
二人の男がAKライフルを明智に向けた。
明智は男たちの方へ向け前転し、距離を詰める。ライフルが火を噴き始めるが、突然の明智の動きに追従することができない。転がる明智を追うように甲板上で弾丸が跳ねる。
ある程度男達に近づいた明智は、右手に持ち替えた弾倉でAKの銃口を下から叩いた。連射の反動と合わさって、銃が空へ乱射しながら男の上体が仰け反る。
明智は、男の股間を弾倉で突いた。男が痛みに絶叫しながらAKを手放す。明智が弾倉を捨て、落ちてくるAKをキャッチした。両手でハンドガードを握り、フルスイング。股間を抑える男の顔面にAKの銃床が命中し、殴り倒す。
明智はすぐに立ち上がり、二人目に襲い掛かった。銃口を向けられた瞬間に、奪ったAKの銃床で弾く。さらに必要最低限の動きで相手の手元を銃床で叩き、小さく振りかぶって眉間を打つ。ここに審判がいたら「一本」の声と共に旗が上がっただろう。
しかし、明智には面打ち後の残心を決める余裕はない。
男を打ち倒すために前進していた明智と、遮蔽物に身を隠して弾倉交換していた男の目が合った。その距離僅か十メートル程。
――くそったれ!
明智はレッグホルスターに手を伸ばし、拳銃を抜く。
SIG社のP220自動拳銃――日本の自衛隊でも「9mmけん銃」の名で採用されている高性能拳銃だ。9mmパラベラム弾が九発装填されている。
明智は相手がAKを構えるよりも早く左手でスライドを引いて、初弾を薬室に送った。手動の安全装置を持たないので、後は引き金を引くだけだ。
スライドを引き終わった左手を右手に添え、人差し指をトリガーに掛ける。男に狙いを定め、トリガーを引いた。
撃鉄が雷管を叩き、発射薬が炸裂、9mmパラベラム弾が発射された。反動でスライドが後退し、空薬莢が排出される。
そして、弾丸は男の頭上を無益に通る。
――外した!
ここで焦る明智ではなかった。照準を即座に修正し、二発目、三発目と男へ撃ち続ける。
九回引き金を引くと、スライドが後退したまま止まった。この状態をホールドストップといい、弾切れを意味する。
そして、狙われた男はというと、無傷だった。九発とも、命中しなかったのだ。
「ヘタクソ」
男は日本人でもないのに、わざわざ片言の日本語で明智を貶してきた。弾倉交換を終えたAKを明智に向ける。
銃口がピタリと明智に向いたところで、背後から明智の頭上をライフル弾が通過した。男は哀れにもその弾丸に頭を貫かれる。
直後、背後から落下音と「痛ぇ!」の声。
振り向くと、先程殴り倒した男の上に、
明智が声を掛けようとすると、
「話は後だ! 隠れろ!」
と、勇海が走り出す。勇海に引っ張られる形で明智に遮蔽物へ飛び込むと同時に、周りで銃弾が跳ねる。
――先程、明智と男が対峙していた際に、勇海は援護することが出来なかった。勇海の位置からは、完全に射線が遮られていたのだ。
おまけに、明智は短機関銃も拳銃も一発も当てられないまま弾切れさせるという愚を犯している――あの近距離で全弾外すか普通!
どうやって助けようかと勇海が思案を巡らせようとしたところで、背後でコンテナを踏む音がした。
――ええい、ままよ!
勇海は覚悟を決め、一旦数歩退く。そして、前に向かって駆け出した。助走を付け、コンテナの端から大ジャンプを決める。明智に狙いを定める男を視界に留めると、空中でSG552の照準を付け、引き金を絞った。男に命中するのを見届けたところで、勇海の身体が重力に引かれて落下し始める。
勇海は受け身の姿勢を取りながら、明智が打ち倒した男をクッション代わりに着地した。
「さて、どうするかなぁ……」
勇海が先程まで陣取っていたコンテナ上からの射撃をやり過ごしながら、情けない声でぼやく。
明智はようやくMP5、P220共にマグチェンジを終えた。
二人とも相手に居場所がバレている上、高い場所から撃たれており、完全に不利だ。反撃する余裕もない。別行動している勝連達はすぐに来られるわけがない。
万事休す。
そんなことを思ったところに、銃声やコンテナ船の駆動音とは違う、微かな音が混じる。
勇海はそのことに気付いたらしく、無線を操作した。
「こちら勇海。聞こえるか?」
少しの間の後、
『おう、聞こえているぞぉ!』
無線からの応答があった。
「今、どこだ?」
『ちょうど着いたぜ!』
銃声に混じっていたローター音が大きくなってきた。そして、二人の頭上を通り過ぎるヘリ。
『今から旋回する。どこだ?』
「船首にいる。ヘマかまして、コンテナ上から撃たれている真っ只中だ」
『お、本当だ。コンテナ上で乱射しているのが何人もいやがる』
ヘリが旋回し、再度船への接近してくる。自衛隊や米軍などで幅広く使用されている、汎用ヘリコプターのUHブラックホークだ。完全武装の歩兵十一人運べる上、地上攻撃用のロケット砲や機銃を取り付けることが出来る。
敵が近づいてくるブラックホークへ攻撃目標を移した。
次の瞬間、ブラックホーク側面のドア付近に取り付けられた機関銃が掃射された。
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