第35話
四人の隊員を乗せたリトルバードが、日本海上を高速で飛翔する。機体側面に付けられたベンチに乗っかっているため、猛烈な風が襲ってくるが、
明智の向かい側のベンチに乗っていた
「どうした?」
「攻撃された巡視艇です」
先程、海保の巡視艇が貨物船オケアノス号から攻撃を受けた地点に差し掛かったらしい。
眼下に、煙を噴きながら往生している巡視艇の姿が見えた。
「派手にやられたなぁ」
明智の背後で
「
「分かっている……
勝連はパイロットの
「相手がまだ対物火器を所持している可能性は十分ある。警戒しろ」
「了解です」
やがて、件の密輸船が遠目に見えてきた。甲板上にコンテナが積まれており、よく見ればミニチュアのように人影が点在している。
太刀掛が双眼鏡を覗き、再び呻く。
「敵の武装を確認。大半はAKライフルだが……」
「だが?」
「……RPG-7らしきシルエットを視認」
RPG-7とは、ソビエト連邦で開発された携帯式対戦車榴弾発射器だ。コストが低く、生産性も高いにも関わらず、ほとんどの戦闘車両を撃破出来る威力を有している。現在でも、軍隊、テロリスト問わず世界中の紛争地域で使われていた。幸いにも弾頭の誘導性は持っていないが、命中さえすればヘリだって落ちる。
明智の中で緊張が高まる一方で、他のメンバーは冷静だった。
「RPGを撃たせるな。勇海!」
「りょーかい!」
勝連と勇海が装備してきたライフルを構えた。
彼らが構える銃の名は、スプリングフィールドM14。
ベトナム戦争前に米軍で制式採用されていたものの、ジャングル戦において、長銃身故の取り回しの悪さが原因で、戦争の真っ只中に有名なM16へと制式銃の座を譲ることとなった不遇の銃。しかし、時が経ち、主戦場がジャングルから中東の砂漠に移ったことで、今度は小口径弾を使うM16系のライフルの威力・射程不足が指摘された。そこで死蔵されていたM14に再び評価が集まり、近代的改修が施された。世界大戦の頃まで主流だった木製のフレームや銃床は、アルミ合金やポリマーで構成された近代的なパーツに交換され、原型を留めていない。機関部を除けば、別の銃と言っても誰も疑わないだろう。
「マコト、肩貸してくれ」
そう言い、勇海は明智の右肩にそっとM14のハンドガードを乗せる。
「M24じゃないんだな」
普段、勇海はボルトアクション式のレミントンM24で狙撃を行う。
「こんな不安定な場所じゃあな。ちょっといい精度より連射性能優先だ」
勇海が得意げに答えた。背後でドヤ顔している姿が容易に想像できる。
逆サイドの勝連も、太刀掛の肩で依託射撃の体勢を取った。
ヘリが船に近付くにつれ、甲板上の人の動きが慌しくなる。
「まぁ、さすがに気付くよなぁ」
勇海はスコープを覗きながら呟く。
「撃ってくるぞ!」
太刀掛が警告を飛ばす。
同時に、相手側がライフルを撃ち始めた。まだ距離があるためか、掠りすらしない。RPGの射手が、こちらに狙いを付け始める。
「射撃、開始!」
勝連と勇海が射撃を開始した。7.62mmNATO弾の発砲音が、ローター音を掻き消しし、鼓膜を揺さぶった。
敵の何人かが、コンテナから足を外して落下する。
撃ち合っている内に、明智の肉眼でも確認できる距離までリトルバードが接近した。
勝連がRPGを持った敵に向け、引き金を絞った。その弾丸が頭に吸い込まれるように命中、一撃で吹き飛ばした。
負けじと、勇海もM14を連射する。こちらは、的の大きい胴体目掛け二発ずつ撃ち込んだ。撃たれた男の胸に大穴が開き、コンテナに鮮血がぶちまけられる。
一撃必殺で敵を処理していく勝連に対し、確実に攻撃を当てて敵を減らしていく勇海。たった二人の射撃で、武装した男達が十人以上討ち取られていく。
ある程度近付いたところで、太刀掛が銃を構えた。米軍が長年採用している、M4カービン銃――そのハンドガード下部に取り付けられたM203グレネードランチャーを撃つ。撃ち込まれたグレネードは、炸裂する代わりに、一瞬で大量の煙幕を吐きだした。
煙幕弾が一時的に敵の視界を奪っている間に、ヘリが船直上まで一気に近付く。四人はベンチから飛び降り、積まれたコンテナの上に着地した。
「あ!」
たまたまコンテナ上で生き残っていた男が気付くが、次の瞬間太刀掛に蹴り飛ばされた。バランスを崩し、悲鳴を上げながら海へ落ちていく。
悲鳴を聞いた敵が二人近付いてきたが、太刀掛がM4カービンをフルオートで撃ち、あっさりと片付けた。
「二班に分かれる!」
勝連が指示を出す。
「私と太刀掛さんの二人でこの船の操舵室を制圧する!」
「俺とマコトは?」
「ここで敵と応戦しつつ、味方の援軍を待て。撃ち落とされないように、進入路を確保しろ!」
「了解!」
勝連と太刀掛の二人がコンテナから操舵室の方向へ駆けていく。
「よし、俺達も移動だ! ここを降りるぞ!」
勇海が宣告し、M14をスリングで背中に回した。代わりに、背中に回してあった別の銃を手に取る。
SG552アサルトカービン。カービンとは、現代歩兵の装備するアサルトライフルの銃身を短くし、狭い空間内での取り回しを向上させたモデルを指す。この銃はスイスで制式採用されているSIG社製SG550アサルトライフルを、
明智は頷く。相手から見れば、コンテナ上にポツンと立つ二人は絶好の的だ。先程勇海達が行ったことをやり返されるのは御免だ。
明智と勇海の二人は勝連達とは逆方向、船首へ向け、コンテナの上を駆けた。コンテナ同士の間を跳躍し、ドンドンとコンテナから振動音を鳴らした。背後からは、遠くで撃ち合っている音が微かに届く。警戒は怠らなかったものの、奇跡的に攻撃を受けずに船首側のコンテナの端に到達できた。
「よし、降りるぞ!」
「……どうやって?」
勇海の言葉に一瞬了承しかけたが、危ういところで言葉を飲み込む。少なくとも、梯子やロープの類は持ってきてなければ見当たりもしない。
勇海は明智の言葉に対し溜息を吐くと、
「コンテナの扉を見ろ。出っ張りがあるだろ?」
「あぁ……」
コンテナの扉に、規則正しく突き出た出っ張りのラインを勇海は指した。そして、「後は分かるな?」と言いたげに微笑む。
「……あれに足を引っ掛けて降りろ、と?」
「イエス」
「無理を言うな」
「大丈夫、マコト君なら軽々と降りられるさ!」
と、親指を立て、満面の笑みを浮かべる。
「なら、あんたが率先して例を示してくれよ」
「いや、俺はマコト君が安全に降りられるように、ここで援護射撃しないといけないからさぁ」
明智は思わず「この野郎!」と怒鳴ってやりたくなったが、
「ほら、早くしろって。いつどこから敵が狙ってくるか分かったもんじゃねぇ。
それとも、お前が代わりに援護すると言うのか? その射程の短い短機関銃で?」
「……チッ」
明智の持つMP5短機関銃は、命中精度こそ高いが、それはあくまでも近距離、室内といった「短機関銃の射程」内での話だ。勇海の持つSG552と比較して、所詮拳銃弾では相手にならない。
仕方なく、明智はMP5をスリングで腰に回し、コンテナの僅かな出っ張りに足を掛ける。まるで、命綱なしでボルタリングしている気分だ、と思いつつ、必死に手足を伸ばし、出っ張りをつかもうとする。明智が降りるのに四苦八苦する中、勇海はあたりを警戒している。
ようやく、甲板まで降り、MP5を構えなおそうとした時だった。
「伏せろ!」
頭上からの声に、明智は咄嗟に甲板に身を投げた。激しい射撃音と共に7.62mm弾の群れが、先程まで明智の上半身があった位置を薙いだ。火花と共にコンテナに弾痕が生じる。
船首に数人、息を殺して待ち構えていた男達が、無防備な明智に向け、AKMライフルを撃ったのだ。
即座にコンテナ上の勇海が反撃を行った。明智への警告と共に、SG552を発砲した。一人目の頭に二発撃ち込むと、目標を二人目に修正、再度引き金を絞る。明智を狙っていた男達が慌てて勇海に狙いを定めようとするが、早さが違った。勇海に銃口を向けた瞬間、逆に頭を撃ち抜かれる。
勇海への対処に割かれた隙を突いて、明智もMP5に手を伸ばした。右手で銃把を掴み、親指でセレクターを弾く。目一杯回してフルオートにセット。今も自分を狙ってくる男達に向け、右手一本で撃ちまくる。
いくら精度のいいMP5でも、滅茶苦茶な構えかつフルオートによる乱射ではまず当たらない。一発も命中させられないまま、弾倉内の三十発を撃ち切ってしまう。
だが、明智の射撃に敵が怯んだ。そこへ容赦なく勇海が射撃を続ける。その隙に、明智は何とか体制を立て直すことにした。立ち上がると、左手を予備弾倉に伸ばしながら遮蔽物を探す。
そのために、視線をわずかに左に動かした時だった。
「……え?」
明智の目には、ナイフを持って迫る男の姿があった。
右手は弾切れMP5、左手は弾倉を掴んでいて、両手が塞がっている。
その切っ先が、明智を貫こうとする――
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