第34話
巡視船「えちご」のヘリポートには、普段着艦している艦載機「みさご」の代わりに、防衛省特殊介入部隊保有の小型ヘリコプターMH-6リトルバードが着艦していた。米軍で使われている偵察用ヘリで、側面に取り付けられた外装式ベンチによって四人の人員を輸送可能になっている。
その傍にはタクティカルベストを来た男が三人、時に思い出したように手持ちの銃器を弄りながら待機していた。三人とも射撃用のサングラスを掛けているため、表情は読み取りづらい。
特に一人、その頻度が多い男がいた。そこそこ痩せ細った体型ではあるものの、薄く筋肉がついており、一応はスポーツマン寄りの身体をしている。少しくせっ毛の混ざった髪を短く切り揃え、オールバックにしている。殺げた頬や体型と裏腹に、抜け切れていない無骨さが滲み出ている。
「ちったぁ落ち着けよ、マコト君」
まるで同じ映像を何度も繰り返すようにMP5短機関銃をチェックする男を、別の男が止めた。
マコトと呼ばれた男は手を止め、声の主を睨む。サングラス越しの視線を、特に害した様子無くサラッと流される。
「実戦は初めてじゃあないだろ」
「それはそうだが……」
「ま、ただの警察官がヘリコプターに乗ることなんて滅多にないから、ビビるのも分からんでもない」
「……別に、ビビっているつもりもないが」
男――
だが、口では否定しつつも、指摘されたことが正しいことぐらいは頭では分かっているつもりだ。これまでの任務は陸地での任務で、移動も車で事足りた――緊張をしていてもおかしくない。
「その辺にしておいたらどうだ、
二人の会話を見守っていた三人目の男が割って入った。白髪と小皺だらけの顔が、二人よりも遥かに年齢を重ねていることを物語っている。
「いやいや、タチさん、俺は別に新人いびりとかしてたわけじゃなくてですね、ただ単に緊張を解してやろうと――」
「勇海」
「その辺に、しとけ。な?」
と、先程に比べやんわりとした口調で止めに入る。
「はい、すいませんでした」
あっさりと勇海は引き下がった。
明智の記憶違いでなければ、この
太刀掛はパッと見では好々爺といった表現が合うのだが、かつて警察官だった頃に培った感性が、初見で脳内に警鐘を鳴らした。この人懐っこい中年男の裏の顔――内側に抑え込まれた「凄み」を。
一方で、勇海新も別の意味で見た目との差が激しい。若いを通り越して童顔と言って差し支えない顔とは裏腹に、自分よりも遥かに修羅場を潜り抜けてきている。年齢もいつだったか三十路を越えたと発言していたから、二十五歳である自分より上であることは確実だ。
「楽しそうだな」
三人に声が掛けられた。
「随分と充実した待機時間を過ごしたようだな?」
「おっと、
真っ先に反応したのは勇海だった。
声を掛けてきたのは、この部隊の現場指揮官を担当している、
「どうでしたか?」
主語も修飾語も一切飛ばして、太刀掛から問いが飛ぶ。
先程まで、この巡視船の操舵室に行っていたはずの彼がヘリまで戻ってきたということは、出撃と帰還の二択だ。
三人が固唾を飲んで見守る中、勝連の口が開く。
「オケアノス号に搭乗していた武装勢力により、海保の巡視艇および保有ヘリに被害が出た」
まずは状況の説明。
「オケアノス号による攻撃を防衛省は日本へのテロ行為と断定。そして、本案件は海上保安庁から防衛省へ指揮権が移った」
「……つまり?」
勇海が急かした。
「我々、防衛省特殊介入部隊にも出撃要請が入った」
防衛省特殊介入部隊――防衛省(Ministry of Defence)特殊(Special)介入部隊(Intervention unit)からそれぞれの単語の頭文字を取ってMDSIとも呼ばれる。部隊の目的は、近年増加しつつある日本へのテロの阻止と排除である。
もっとも、この部隊は一般には認知されていない。明智自身も、一ヶ月前にスカウトされて初めてこの部隊の存在を知った。
「我々が一足先に先行し、オケアノス号を足止めする。すでに別の隊に連絡が入り、出撃しているはずだ。後続の部隊と合流し、一気に制圧する」
勝連が指示を出し、四人はリトルバードに乗り込んだ。外装式ベンチの、左側に明智と勇海が、右側に太刀掛と勝連が乗る。前側に腰掛けるのは明智と太刀掛だ。
リトルバードのローターが回転を始め、駆動音と共に発生した風が明智に吹き付ける。慣れぬ浮遊感が、明智を襲う。
リトルバードが揚力を得て、巡視船「えちご」の甲板から飛び立った。
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