第33話

 東京都新宿に設置されている防衛省のある一室。

 二人の男達が向かい合っていた。一人は執務机に腰掛け、もう一人は直立不動の姿勢で報告する。

「密輸船による攻撃で、海保の巡視艇に被害、負傷者も出た模様です」

「そうか」

 座っている男――防衛大臣は息を吐くと、

「それで……どうしたらいいかな?」

「我々――防衛省特殊介入部隊へ、出撃許可を」

 大臣は再度息を吐き、

「君達は――対テロ用部隊。そして相手は密輸船。本来なら海保の役割だ」

 と、数十分前も目の前の男――いわお峰高みねたかへ言ったものと同じ言葉を出す。

 巌の出撃要請を受けたものの、海上犯罪はまず海上保安庁に捜査権があった。無論、海保側もこちらの介入を快く思わず、折衝の末、一部隊員の同行のみを妥協案として受け入れてもらえたのだ。

「これ以上のこちらの介入は――」

「お言葉ですが」

 巌は遮った。

「麻薬というものは、ありとあらゆる非合法、反政府組織の活動資金源となります。国内の暴力団だけでなく、各国のマフィア……そして、テロリスト」

「それを理由と言い張るのか?」

「十分です。何より海保は攻撃されているのですよ? これを日本へのテロと呼ばず、何とお呼びすればよろしいので?」

 大臣が言葉に詰まった。

「もう、領分だの面子だのを考慮している時間は終わりました。このままでは敵に逃げられます。下手をすれば、諸国から『テロ支援』の烙印を押されるでしょう」

「そこまでは――」

「言わないとでも?」

 大臣が何とか言い返そうとするが、なおも巌は舌鋒ぜっぽうを緩めようとしない。

「一九七〇年代、日本政府は超法規的措置によってテログループの要望を飲んだ……これによって欧米諸国から『テロ輸出国家』と名指しで非難を受けたのですよ?」

「それは――」

「こちらはすでに出撃できるのです。後は許可さえいただければ、直ちに制圧できます。さぁ、いかがなさるのですか?」

 巌は強い口調で判断を促す。

 大臣は長く息を吐くと、

「だがね――」

「全責任は私が取ります」

 なおも渋る大臣へ向け、巌は断言する。

 大臣はついに根負けしたように、受話器を手に取った。どこかと電話で短くやり取りが行われる。やがて受話器を置き、

「……防衛省特殊介入部隊、出撃。オケアノス号が日本の領海から出る前に制圧せよ」

「はっ!」

 巌は敬礼すると、無線機を取り出す。海保の巡視船「えちご」で首を長くして待っているであろう部下に命令を下した。

「大臣からの許可が下りた。貨物船オケアノス号を制圧せよ。抵抗があった場合、武力の行使を許可する」

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