第2幕
プロローグ
――二〇三五年十月某日。
警察官
「うーむ、見誤ったか……」
運転席の真智が唸る。近道をしようとして、逆に渋滞にハマってしまったのだ。ここ数分、車の列が動く様子がない。
「ごめんなさい、わざわざ送ってもらって……」
「気にするなって」
謝る彩華に、真智は笑いかける。
「でも、忙しいんでしょ?」
「今だけさ。もうちょっとすれば一段落する。そうすれば、二人の時間だって作れる。それに……」
真智は彩華の左手に目を落とす。その薬指には、輝く指輪が嵌っている。
「いよいよ来月、だからな」
「……そうね」
彩華が頬を赤くして俯く。
そう、来月には二人の結婚式が待っているのだ。それまでには、今抱えている案件を片付けなければならない。
「爺ちゃんや婆ちゃんにも、見せてやりたかったな……」
ポツリと呟く。
両親と早くに死別した真智を引き取り、育ててくれたのが今は亡き祖父母だった。
祖母は、自分の大学合格を入院先の病院で聞いた翌日、力尽きるように息を引き取った。
祖父は警察学校への合格が決まった日、長年の心労が祟って倒れ、帰らぬ人となった。
今まで散々世話を掛けたからこそ、自分達の晴れ姿を見せ、安心してもらいたかった。
「大丈夫よ」
彩華が微笑み掛けた。
「お爺様もお婆様も、きっと見守ってくれているわ」
「……そうだな」
真智も思わず笑い返す。
「お、ようやく動き出した」
いつの間にか前の車両が動き始めていた。これで何とか着けるか……と思ったものの、僅か数百メートル進んだだけでまた停止する羽目に陥る。依然渋滞は解消される様子がない。
「仕方ないわ」
と、彩華がシートベルトを外す。
「ここからは走っていくわ」
「まだ距離あるぞ? 大丈夫か?」
「全力疾走すれば間に合うわ」
そう言って、車から降り、駆け出す彩華。その姿を窓ガラス越しに真智は見送った。
別れた時も、彼女は笑っていた。
――それが真智明の見た、彼女の最後の姿となった。
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