エピローグ

 市街から離れた場所にある墓地。

「随分と久しぶりに来た気分だ……」

 任務に参加した際に怪我をし、さらには任務後の事後処理が待っていた。最後に来たのは、二週間前だったか――と明智あけちまことは物思いにふける。

 この前の護送車襲撃事件によって、霧生きりゅう組系列金牛きんぎゅう会はほぼ壊滅状態となった。組長の牛頭ごず隆輔りゅうすけ、若頭の宍戸ししど他多くの主力構成員が倒れたのだから、当然だろう。

 テロリスト集団ナインテラーもかなり大きな打撃を被ったはずだ。幹部のNo.3トレスは予定通り警視庁に送られた。取り戻しに来た構成員も討ち取り、No.5サンクを捕虜に出来た。サンクは警視庁に送られず、MDSIによって今も尋問を受けている。

 事後処理が一段落し、久々に時間が出来た明智は、婚約者であった村雨むらさめ彩佳さやかの墓参りに来ていた。真っ直ぐに彩佳の墓標に向かう。

 水を汲み、花を換えようとしたところで気付いた。

 ――花が枯れていない。

 二週間も来ていないのだから、本来は枯れているはずだ──そもそもこれは自分の備えた花か?

「明智さん」

 背後から声が掛けられた。

 振り向くと、一人の女性が立っている。

渥美あつみさん?」

 黒いロングヘアを風になびかせながら、渥美あつみひとみが立っている。その手に花束を持っていた。

「あぁ……おき鉄也てつやさんの墓参りですか」

 沖鉄也とは、渥美瞳の恋人だった男の名前だ。そして、この世にはもういない。

「えぇ……それもありますが……」

 そう言って、ちらりと明智の背後の墓標を見やる。

「まさか……彩佳の墓の花は貴女が?」

「花が枯れていたものでしたから……明智さんもここのところ姿を見せないし……勝手かなとは思いましたが……」

「いや、彩佳も喜んでいる、と思う……ありがとう」

 照れ臭くなって、頭を掻きながら明智が礼を言うと、ヒトミも「いえ」と俯きがちに言う。

 ここで、この微妙な空気を斬り裂くように、明智の携帯がバイブレーションを起こした。

「あ、済まない、ちょっといいか?」

 ヒトミが「どうぞ」と言い、明智は素早く携帯の画面を覗いた。内容を見て、思わず眉間に皺が寄る。

「どうしました」

「……急な仕事が入ってしまった」

「すぐに行かないといけませんか?」

「大至急だそうだ……花を活ける暇もない」

 さてどうしたものか、と明智が考えていると、突如ヒトミが線香を取り出して火を点ける。

「どうぞ」

「え?」

「急なお仕事なんですよね? お花の方は私が活けておきます。ただ、せめて線香の一本は立ててあげてください」

 そう言って、ヒトミが微笑む。

 明智は一瞬呆気に取られるが、

「……ありがとう」

 そう言って花を預け、線香を受け取る。

 墓前に線香を立て、手を合わせた。

「悪いな、彩佳。また時間が出来た時に来る」

 そう言い残し、明智は墓地を後にする。


 ――もしかしたら、次はここじゃなくあの世に行くかもしれないがな。


 そして、男は、次の戦いの地へ赴く。

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