第5章 決意の刃

第25話

「これより、テロリスト幹部トレスの護送を開始する。諸君らの協力に感謝する」

 上から目線の姿勢で言い、その公安の刑事はトレスの身柄を引き取る。

 ――そもそもお前ら何をしたよ。

 その言葉を飲み込み、いわお峰高みねたかは護送団を送り出した。彼らが目に見えないところまで行ったところで、巌は車に戻る。

 巌は車にいた守家もりやつよしから無線機を受け取り、待機させておいた部隊と連絡を取る。

「今、護送団が出て行った」

『こちらも確認しました。これより追跡を開始します』

 勝連かつらたけしからの通信が入った。

『実動部隊、いつでも出撃できます』

 こちらは駿河するがしんからのものだ。駿河には非常時に備え、フル装備の隊員達を従えさせている。

「頼んだぞ、皆……」


「しかし、護送にしては物々しいな……大丈夫か?」

 車を運転している龍村たつむらレイ=主水もんどが呟く。

「あれぐらい準備してある方が、むしろ襲撃を受けにくいのでは?」

 助手席に乗る明智あけちまことが尋ねる。

 トレスの護送に来たのは、警視庁の特殊部隊SAT(特殊急襲部隊)だった。

 防弾チョッキにタクティカルベスト、ヘルメットで身を守っており、主武器はHヘッケラー&Kコッホ社製の高性能短機関銃、MP5だ。それが、二十人近くいた。エスティマを改造した護送車にトレスを乗せ、その前後を三台ずつ計六台の車両が挟み、護衛する形になる。簡単に手出しが出来るとは、考えづらい。

「マコトも、やっぱし日本の警察官か」

「……どういう意味です?」

「ノウハウ……技術どうこうだけじゃなく、経験が足りないってこと」

 明智はムッとするが、事実なので言い返せないでいる。

『レイモンドの言う通りだわ。あれでは、「護送しています」と周りに宣伝しているようなもんじゃない』

 無線で綾目あやめ留奈るなが割り込んできた。

『こういうのは、少人数で速やかに行なうのが正解なんだがな』

さらに勇海ゆうみあらたがダメ出しをする。

『というか、なんで向こうが身柄引き取りにわざわざ来るんです? 私達がパパッと密かに届けりゃ安全で早い気がするんですが』

 別の車両を運転している梓馬あずまつかさが文句を付ける。

『任務中だぞ、私語は慎め!』

 指揮を執っている勝連が怒鳴る。

『勝連さん、諦めろ。こいつらは一度火が付くと中々消えん。それが雑談だろうとな』

 最年長の太刀掛たちかけひとしが勝連を抑えつつ、

『さて、先程の問いには私が答えるとしよう』

『おや、タチさんは何か知ってるんで?』

『なぁに、ただの年寄りの予測だよ。

 今回の護送が決まったのは、私達がトレスの身柄を拘束したのを警察のお偉い方が知ってしまったせいだろうね。そして、我々が民衆に名を知られてはならないことを知ってる向こう側としては、テロリストの身柄さえ確保できれば、捕まえたのが自分達だと宣伝することが出来るのさ』

「要は、自分達の手柄欲しさと面子ですかい?」

 レイモンドは「くだらねぇ」と吐き捨て、

「それでトレスを奪還されちまったら、本当に俺達の苦労が水の泡だぜ」

「そうされないように、あの戦力なのでは?」

 明智がやんわりと意見を挿むと、

『あんたバカぁ?』

「何?」

『バカかって言ったのよ。警視庁だかSATだか知らないけど、本気で攻撃を仕掛けてきたテロリスト集団に勝てると思うの? あの装備で? アサルトライフルやロケット砲なんてテロリストは当たり前に使ってくるのよ?』

「ここは日本ですよ?」

 思わずルナに反論するが、

『だから? あんた任務中に何を見てきたの? 平和ボケにも程があるんじゃないの? ここが日本だろうが紛争地域だろうが関係ないの。テロリストはどんな手段を用いても武器を持ち込んで来るわ。銃刀法違反なんて、撃たれる前に取り上げられなきゃ意味ないのよ! それぐらい、考えられるようになりなさい、新入り!』

『それぐらいにしておけ』

 さすがにこれ以上の口論はまずいと判断したか、太刀掛が止めに掛かる。

『明智真。日本の警察はスキルがあっても、それを活かせる経験値が圧倒的に足りない。まして相手はヨーロッパ系の過激派テロリスト集団……自身の命すら惜しまない連中相手に、法がどこまで通用すると思う?』

 明智は押し黙らざるを得なくなってしまった。

 それを最後に沈黙が続き、誰も口を開こうとしなくなった。



「……いくらなんでも言い過ぎだぞ、ルナ」

 助手席に座る勇海は一時的に無線の送話器を塞ぎ、ルナを諌める。

「……本当のことを言っただけだわ」

 運転しながら、左指でハンドルをコツコツと叩き始めるルナ。かなりイラついていることが、勇海には察せられた。

「落ち着けよ。マコトに八つ当たりしたところで仕方ないだろ?」

「八つ当たり?」

「クッスがやられてから、どうもお前は落ち着きがなくなっているように見える」

「仲間をやられて、へらへらしてろとでも?」

「そこまで言ってないだろ。ただ、同じ仲間に当たるのを止めろって言ってるんだ」

「仲間? あの新人が?」

 ルナは音がするぐらいハンドルを強く握り締め、

「悪いけど、私はあんな役立たずを仲間とは認めないわ」

「役立たず、とは強く出たな」

 勇海は苦笑し、

「役立たずって根拠は?」

「参加した任務二回とも作戦中気絶。足手まといにも程があるでしょ」

「それ言っちゃうと反論が難しい」

 普段にも増して強気に出ているルナにすっかりタジタジになってしまった。

「そもそも……あの男をMDSIに誘った理由は何? 正直、わざわざ脱獄させた価値が見出せないわ」

「やれやれ……」

 いつも以上に毒舌が回るルナに溜息をきつつ、

「去年七月に霧生きりゅう組系列八洲やしま組が麻薬取引の最中に一斉検挙されたのは知っているな?」

「えぇ。珍しく警察が霧生組に対して強気に出たのよね」

「そうだな。というのも、俺達が警察に情報を流したからなんだがな」

「そうなの?」

「当時はMDSI隊員の大半が別方面へ対応していたから、霧生組まで戦力を回す余裕がなかったらしくてね。八洲組を担当したのは、俺とタチさんの二人だけだ。

 で、話を戻すと……警察は俺達の流した情報を信じて取引現場に踏み込んだよ。ただ、計算違いが生じた」

 勇海は眉間を抑え、

「まさか、SATも銃器対策部隊も投入せず、機動隊と地元警官のみで対応しようとしたんだ。さらに言えば、八洲組は警戒を怠ってなかったか、元米海兵隊の傭兵十人ばかしを雇っていた」

「それで検挙って……絶望的じゃない」

 ルナは呆れる。

「まぁ、俺とタチさんが密かに七人ばかし、警官隊と衝突前に片付けておいたりするがな」

「残り三人は? 一般警官でなんとかなったの?」

「落ちぶれても軍隊出身の猛者どもだ。ただの警官が相手になるわけがない。

 あいつの腕見るまではそう思ってたがな」

「あいつ?」

「マコトだよ」

「……は?」

 ルナは絶句した。それだけに留まらず、動揺してハンドル操作がブレる。

「うおっ! 危ねぇな、運転には気を付けろよ」

「いや、だって……誰が、誰を相手に出来たの?」

「マコトが、元海兵隊の傭兵三人を警棒一本で叩きのめしたんだよ。

 まぁ、向こうも油断してナイフだけで襲い掛かったのが運の尽きだったな」

「ちょっと待って……明智って、ただの警官じゃなかったの? どっかの軍での訓練でも受けた?」

 ルナは動揺を通り越して、混乱しているようだ。

 もっとも、実際に現場でその姿を見た勇海も似た感想は抱いていたから、これが普通の反応だろう。

「安心しろ、経歴を見る限り、ただの警官だよ。機動隊に入るのを拒否されるほどの射撃の腕と、銃なしで元軍人三人を相手に立ち回れる実力を持った、な。こんな面白い人材、俺達が目を付けないわけがないだろ?」

「……それでも、認められないわ、あんな腰抜け」

 それっきり、ルナは固く口を閉ざす。

 勇海はやれやれと思いつつ、さらに何か言おうとしたが、突然の無線に遮られる。

『各車に通達! 所属不明のヘリが出現、警戒せよ!』

 見れば、ヘリが護送団に近付いていた。そこで、ヘリのドアが開く。

 勇海はギョッとした。

 ヘリのドアからRPG7対戦車ロケットを構えた男が現れたからだ。

 異常を察知したか、護送団が急ブレーキを掛ける。

「馬鹿野郎、こういう時は加速しないと――」

 勇海は叫ぶが、届くはずがない。

 RPGが発射され、先頭車両に炸裂する。

 この日本が、紛争地帯に変わってしまった瞬間だった。

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