第26話

 警視庁SAT隊員の伊井いいは、後部座席のシートに背を預け、悦に浸っていた。彼の任務は、警視庁へトレスの身柄を送るための護送団を仕切ることだ。

 ――奴らの悔しがる顔が目に浮かぶわ。

 伊井のいう「奴ら」とは、トレスの仲間のテロリスト達のことではない。防衛省特殊介入部隊――通称MDSIの面々だ。

 伊井は、正直に言ってMDSIの連中が嫌いだ。守秘義務だのと言ってはこちらに情報の一つも寄越ない協調性のない連中。自分達の都合だけでこちらに協力要請する一方、勝手に大暴れして状況を掻き乱す鬱陶しい存在。何でもかんでも自分達の手柄にしようとし、人の成果を横取りする自分本位の塊。これがMDSIに対する伊井のイメージだ。

 彼らは日本を守っているのが自分達であると考えているようだが、冗談ではない。あくまでも日本の治安は警察が守っているのだ。その我々をないがしろにすることは、断じて許しがたい。

 しかも、MDSIの隊員の大半は海外で軍隊や治安維持組織に所属経験のある人間だという噂だ。そんな奴らに日本の平和を託せるものか。我々が日本の砦なのだ。

 ――我々の力を、このテロリスト逮捕から示してやる!

 伊井の口から、「くくくっ」と笑い声が漏れる。これほどの大役をこなせば、これからの出世にも有利だ。それを思えば、自然と笑みもこぼれる。

 護送団が橋に差し掛かった時だった。

 橋の上空を、テレビ局のヘリが飛んでいた。

 ローター音に顔を顰める。早くもマスコミが嗅ぎつけてきたか。

「マスコミも暇だな……」

 だが、次の瞬間、その余裕を浮かべた表情は凍りつく。

 ヘリのドアが開き、ロケット砲を構えた男が現れたからだ。

 その光景は、すべての隊員が目にしていたらしい。一斉に護送団は停止する。

 急いで指示を飛ばそうとした伊井は舌を噛んだ。

 ロケット砲が、先頭車両に撃ち込まれた。ボンネットが吹き飛び、バラバラになったエンジンの部品を炎と共に撒き散らす。

『隊長! 一号車が……』

「分かってる! お、落ち着けぇ!」

 伊井が裏返った声で怒鳴る。

 そこへ、前後を挟むようにトラックが停車し、次々と武装した男達が現れた。

 伊井にとって完全に予想外の展開だ。

「応戦だぁ!」

 さらに指示を飛ばすが、すでに隊員達は恐慌状態へと陥っていた。冷静に対処できるものなどおらず、一方的に撃ち倒されていく。

「た、隊長ぉ」

「弱音を吐くな! テロリストの身柄を渡すわけにはいかんだろうが! 撃て! 撃ちまくれぇ!」

 伊井が絶叫し、伊井と同じ車両に乗っていた隊員二人も応戦しようとする。

 だが、車から出た途端、一際大きい銃声と共に二人の頭が爆発した。

「ひぃぃぃぃぃぃぃぃ」

 伊井は転げるように外へ出る。先程までの自身は完全に吹き飛んでいた。

 偶然にも、銃弾が当たることはなかった。

 その代わり、日本刀を持ったヤクザが一人、伊井に向かってくる。

「く、来るなぁぁぁぁぁ!」

 伊井は慌てて拳銃を抜き、引き金を引く。

 しかし、あまりにも慌てすぎて安全装置を解除するのを忘れていた。いくら引き金を引く指に力を込めても、弾は出ない。

 そのヤクザが刀を鞘走らせた。白刃が一閃し、銃を握った右手を斬り飛ばす。

「ぎゃあぁぁぁ手が、手がぁ! あぁぁぁぁぁぁ……」

 伊井は傷口を抑え、悲鳴を上げる。

「うるせぇよ」

 右手一本で上段に構えられた刀が、伊井の眉間に振り下ろされる。

「う、うわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」

 自身に迫る刃が、伊井が今生で最後に見た光景であった。

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