第11話
ヘッドホンとゴーグルを身に着けると、台の上に置かれた自動拳銃を見る。
H&K USP――ドイツの銃器メーカーであるヘッケラー&コッホ社が開発した自動拳銃だ。ドイツ連邦軍の正式採用拳銃であり、多くの国の軍隊や法執行機関で使用されている。日本警察でも特殊部隊SATが使用しているのを映像で見たことがあった。
「使い方は分かるな?」
同じくヘッドホンをして斜め後ろに立っている
銃口付近で上に突き出た凸型の
引き金に掛かった指に力を込める。
撃鉄が雷管を叩き、発射薬が炸裂し、9mmパラベラム弾が発射された。
反動でスライドが後退し、空薬莢が排出される。
弾丸は、明智が狙っていた位置よりもかなり上の方に命中した。
さらに続けて何発か発砲する。しかし、明智の撃った弾が的を捉えることはなかった。
一マガジン分撃ち尽くし、明智は一度銃を下す。
「大した腕前ね」
最初に口を開いたのは
「まぁ、あれが狙い通りならな。一応聞くが、あれは狙ってたわけじゃないよな?」
明智は頷くと、
「的の中央を狙った……つもりだ」
「だが、全部上に逸れている」
勇海は明智からUSPを受け取ると、
「もっとも、一定の位置に集中しているから、あんたの狙い方が悪いわけじゃないとは思う。狙いが下手なやつは、そもそも同じ位置に当てられない」
USPの弾倉を換え、勇海は的目掛け無造作に引き金を引く。
大した狙いを付けた様子もなく、片手で撃ったそれは、的の真ん中に命中した。
「銃にも何の問題もない」
「喧嘩売ってるのか、お前は」
壮年の男が、不服であるかのように勇海を睨み付ける。
「いやいや、おやっさんの腕を疑っているわけじゃないよ。ただ、銃に問題なし、着弾は集中しているから狙い方もおかしくないの……なら、一発も当たらない原因はどこだ?」
「……それは、本人の撃ち方そのものに問題あるってことじゃないの?」
ルナが不機嫌そうに言い、
「ま、そういうことだな。というわけで、今度は左手で撃ってみろ」
そう言って勇海は安全装置を作動させてからUSPを明智に渡した。
「左手って……」
通常、軍隊や法執行機関では利き手関係なく右手で撃つように習う。理由は簡単で、銃は右手で使うこと前提に作られているからだ。撃った後の空薬莢は右斜め上に飛んでいくため、左手で撃つと顔に当たる危険性がある。
「ちゃんと腕伸ばして撃てば薬莢も顔に当たらないって……ま、試してみろって」
促され、明智は安全装置を解除すると、しぶしぶ左手の指を引き金に掛ける。正直、撃ちにくい。
(利き手であれなのに、大丈夫なのか?)
それでも、基本を守って狙いを点けるのは怠らない。
右手のときに比べると指に力を入れにくいが、狙いを定めると共に引き金を引く。
発砲。
着弾点を確認すると、やはり狙いよりも上にずれていた。
「おっ」
「えっ」
「ふむ」
三者三様のリアクションが起きた。
明智が彼らの反応に首を傾げていると、勇海が「続きだ、撃てって」とさらに促したため、続けて何発か放つ。
やはり、着弾点は上に逸れている。
だが、十発近く撃ったところで気付いた。
右手で撃った時に比べ、着弾は明らかに的に近付いている。
全弾撃ち尽くし、結果を見てみれば、そこには歴然とした差があった。
「何故、左手に持ち替えただけで?」
ルナが驚きの声を上げる。
「単純な話さ。初心者がやりがちな悪癖を持ってるんだよ」
「悪癖?」
勇海は頷き、
「あんた、引き金引く時に力入れ過ぎなんだよ」
「え?」
明智は内容が理解できない。
「これは本来なら初心者が陥りやすいことだが、気負ったり緊張したりして、反射的に強く引く奴がいるんだ。そうすると、引き金を引くホンの短い間に銃口の向きがぶれて的を外すんだ」
USPを手に持ち、手首のスナップでその様子を再現して見せた。
「で、普通ならちゃんと指導なりなんなり受ければ治るんだが……あんたはそれを無意識のうちにやってる。手に力が入り過ぎて反動を上手く抑えられずに銃口が跳ね上がってる。これは簡単には治らんから、ちょっと荒療治してみた」
「……そうか、利き手と逆の手なら、力を入れにくいから……」
「そういうこと。だが、今のままでも上にぶれていることに変わりないからな……」
「……わざと狙いを下にずらして撃つのは……」
「寝言は寝てから言え」
「ダメか」
「当たり前だ。そんなことしたところで、元の腕前が腕前だから、狙い通り当たるわけないだろ」
言ってることが至極正しいので、言い返すことが出来ない。
「ならどうするの? このままだと、あれだけ苦労して脱獄させたのに、何の役にも立たないわよ?」
ルナの目がすっかり冷め切っている。
「いや、まだ方法がないわけじゃない。とはいえ、またも荒療治になるわけだが……」
勇海は一息
「あんた、警察官のとき
「……まさか」
「そのまさかだよ。おやっさん、あの銃まだ置いてあるよな?」
「あの銃? お前がこの前試し撃ちして『こんな銃悪魔にでも撃たせてしまえ!』って投げ出したあれのことか?」
「……いや、まぁ、あの時は……だけど、あの銃ならこいつの癖抑えるのに打って付けだろ?」
ジト目で見られた勇海がしどろもどろになって釈明――というか言い訳をした。
壮年の男は溜息を吐き、
「……その押し付ける態度は気に入らないが、ちょっと待ってろ」
そう言い残して、男は立ち去る。
「ここって、あんたの宣伝VTR見た限りじゃ、対テロ用の戦闘部隊だろ? その……回転式拳銃使って大丈夫なのか?」
そもそも、自動拳銃に比べ弾数が少ない回転式拳銃というのは、現代の軍や警察で重要視されていない。精々地方の警察か、民間人の護身用、愛好家ぐらいにしか需要がないのだ。ここのような特殊部隊で果たして使っていいものなのだろうか?
勇海は不敵な笑みを浮かべると、
「安心しろ、全く使われてないわけじゃないさ。それに、ここはリボルバーの愛用者も結構いるんだぜ?」
そう言い、勇海は上着を捲り、左肩のホルスターに収められている拳銃を見せる。グリップの形状からして、回転式拳銃である。
そういえば
「納得したか?」
「一応は……」
そこへ、男が戻ってきた。
その手には、一丁の拳銃とおそらく回転式拳銃用の弾薬が入っていると思われる箱を持っている。
「一応、整備なんかはちゃんとしてある。あと、弾はこっちのマグナム弾を使うことになるから、反動の違いに注意しろ」
そう言って、明智に銃を渡す。
その銃を手にし、じっくり見ることが出来るのだが、最初に抱いたのは違和感だ。
回転式拳銃というのは、レンコン状の弾倉(シリンダーという)に弾を込める。そのシリンダーが回転することから回転式という名前がついているのだ。
そして、大抵の回転式拳銃は、シリンダーのもっとも上に位置する弾が発射されるようになっているのが普通だ。
だが、渡された拳銃は、シリンダーの上部ではなく下部が銃身と連結している。
「随分変わった拳銃ね」
ルナもどうやら明智と同じ考えに至ったようだ。
明智はシリンダーをスイングアウトさせると、箱から.357マグナム弾を6発取り出し、シリンダーの穴を埋めていく。この辺りは警官時代の経験もあってスムーズなものだ。
シリンダーを戻すと、左手に持ち替える。回転式拳銃は自動拳銃と違い、安全装置を解除する必要もスライドを引く必要もないので、そのまま構えて狙いを定める。
引き金を引く指に力を込めるが、先程までの自動拳銃に比べ、引き金が重い。
発砲。
引き金を引くと同時に
先程までの射撃とは比べ物にならないほどの反動が腕に伝わった。
着弾点を確認すると、先程よりもさらに狙いに近付いている。
さらに続けて引き金を引く。
だが、ここで驚くべきことが起きた。
さっきよりも、引き金が軽く感じたのだ。
さらに二度、三度引き、その理由に気付く。
普通、回転式拳銃の撃鉄は、自動拳銃とは違い、撃った後に撃鉄は起きない。起きてない状態でも撃つことは出来るが、やはり引き金は重いままなので、それが嫌な場合は自分で撃鉄を起こしてから引き金を引くのだ。
しかし、この拳銃は一発撃つごとに、銃身からシリンダーまでが、まるで自動拳銃のスライドのように後退して、勝手に撃鉄を起こしている。
そのために、二発目以降がダブルアクションからシングルアクションになり、引き金が軽くなっているのだ。
六発とも撃ち終え、着弾点を確認する。
六発中、三発は狙いから数センチと離れていないところに穴を
自分の腕でこれまでに無いほどまでの精度を出したことになる。
「だから言ったろ? この銃なら……ってな」
勇海が自信満々に言い、
「ふん。未だかつて『オートリボルバー』を愛用する奴なんか見たことないがな」
「なら、こいつが初ってことだな」
壮年の男のボヤキに新勇海が嬉しそうに反論している。
「オートリボルバー?」
「あぁ、その拳銃の俗称みたいなものだよ
その銃の正しい名称は、『マテバ6ウニカ』っていうんだ」
明智は改めて自身の手に握られている拳銃を見つめる。
薄暗い射撃場の中で、そいつは確かな存在感を放っていた。
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