第10話

「おやっさん、邪魔するぜ!」

 ドアを開け放つと同時に、勇海ゆうみが部屋の主に叫んだ。

「邪魔するんだったら帰れ……と、後ろは見ねぇ顔だな?」

 卓上で、分解された銃器のものと思われる部品の手入れをしていた初老の男性がこちらを見て言う。

明智あけちまことです」

 明智が自己紹介していると、

「今回入った新人で、俺が射撃訓練担当することになってさ。まぁ、それでもいつものように世話になると思うから、よろしく!」

 と軽い口調で、勇海が持っていた書類を男に差し出した。

 ふと空気の震えを感じて右を向く。

 ガラス張りになった壁の向こうに一人、こちらに背を向けて立っている。

 向こう側は薄暗いが、微かな音とともに、その人物のいる場所のさらに奥がフラッシュを焚くように発光し、その影を浮かばせる。

「ありゃ、先客がいたのか」

 勇海も気付いたようだ。

「あぁ、おめぇらが来る三十分ぐれぇ前からずっと撃ちまくってるよ」

 ――ということは、音と光は射撃によるものか。

 ガラスから目を背けると、書類をペラペラ捲っていた男が立ち上がり、

「ま、大体分かった。しっかしユーミ、厄介な新人を引き受けっちまったもんだな」

「元々は俺が言い出したことだからな。仕方ないさ」

 と、勇海と言い合うと、ガラスの隣の扉を開けた。

 壁には防音機能が備わっていたのか、開いた途端に銃声が響き渡る。

 三人が扉を潜ると、その気配を察したか、先客は撃つのを止め、こちらを向いた。

 それと同時に、髪が揺れる。

 隣の部屋からガラス越しに入る光が、そのシルエットを浮かび上がらせる。

 先程まで銃を平然と撃ち続けていたとは到底思えないような線の細い体型……それでいて丸みを帯びた体格。

 ――女性?

 明智が戸惑っていると、相手は銃を置き、硝煙と銃声から目と耳を保護するためと思われるゴーグルとヘッドホンを外した。

 相手が一歩進むと、光が当たりその顔が露わになる。

 整った顔立ちはまるで人形で、肌は陶器のように白い。

 だが、こちらを向いた鋭利な切れ目が、彼女がただの人形などではなく、強靭な心を宿した人間であることを示している。

 そして、セミショートの銀髪と碧眼・・・・・に光が反射し輝いていた。

「兄さん、その人は?」

 ――兄さん?

「おいおい、三週間前に脱獄させただろ……って、そういえばその時こいつの顔に人工皮膚被せて別人に仕立て上げてたんだったな」

 答えたのは、勇海だった。

 思わず、明智は勇海の方を向く。

「どうした?」

「いや、今あんたのことを兄さんと呼んでいたよな?」

「呼んでいたが、それがどうした?」

「……いや、馬鹿なことを聞いた。許してくれ」

 勇海があまりにも真剣な顔で言うので、明智も疑問を引っ込める他なくなった。

 ――明らかに、彼女日本人じゃないよな……

 女性に視線を戻せば、彼女は値踏みするような眼でこちらを見ている。

「申し遅れました。明智真です」

「あぁ、こっちも名乗るのが遅くなったわね。

 綾目あやめ留奈るなよ」

 互いに自己紹介するが、やはり相手の眼は細められている――あたかも、こちらを観察するかのように。

「さて、顔合わせも済んだし……ちょうどいいか。ルナ、これからこいつの射撃訓練するからちょっと付き合ってくれる?」

 勇海の提案にルナは頷くと、

「なら、早速撃ってもらうわ。その方が、手っ取り早く今の腕を見れるから」

 ――ここにいる人間は、性急な人間ばかりなのか?

 明智がそんなことを考えていると、

「じゃ、念のために確認するが、おめぇさんは私服警官だったんだな?」

「はい……それが?」

 明智が初老の男の質問に答えると、

「あぁ、言い忘れてたが、この組織じゃ基本的に使用する銃は個人が決められることになってんだよ」

「ま、任務次第で指定されることもあるけどね」

 と、勇海とルナが補足した。

「で、大抵の奴は使い慣れてる銃を選ぶことが多い。

 おめぇさんは私服警官だったから……SIGシグ230やスミスウェッソン M3913か……」

「じゃ、その系統で選ぶってこと? でも、その二種類って自動拳銃オートマチックだけど弾数少ないよ?」

自動拳銃オートマチックに限らなけりゃ、S&W M360JやM37エアーウェイトもあるがな」

「どっちにしろ、使用目的が使用目的だから弾数が心許ないのばかりね……」

 今三人の話題に挙がった拳銃の装弾数は、回転式拳銃リボルバーは無論、自動拳銃オートマチックでも十発に満たない。

 これは、私服警官は制服警官と違って、堂々と拳銃の所持を示せないからであると、明智は考えている。要は、服の上からパッと見ただけで拳銃所持が分からないように、隠しやすい小型のモデルを使用しているのだ(そもそも、日本で警察官の制服を着用していない人間が拳銃を堂々と持ち歩いているのを見て、恐怖を覚えない一般市民が果たしているのか、甚だ疑問ではある)。

 しかし、明智からすれば、看過できない問題が一つあった。

 未だに白熱した論争を続ける三人に、明智は「あの……」と声を掛ける。

 その声に気付いた勇海がこちらを向き、

「――って、そうだ、本人に聞けば一番手っ取り早いな!

 で、どれ使ってたんだ?」

 と、聞いてきた。

 明智は溜め息をくと、

「どれも使ってない」

「……はい?」

 勇海がポカンとした表情を見せる。

「……えーと、今挙げたのって、別の国の警察のだったっけ?」

「いや、日本の警察で合ってるぞ」

 自信なさそうな勇海を初老の男がフォローする。

「じゃあ、貴方どんな銃を使ってたの?」

「ニューナンブM60だが……」

「ニューナンブ?」

 ルナが首を傾げると、

「日本国産の拳銃で、元々は、S&W M36を参考に開発された警察用回転式拳銃リボルバーだ。

 もっとも、1999年ぐれぇに生産停止して、さっき挙げた後継機種に更新されたが……まさか、まだ使ってるところがあったとはなぁ」

 と、初老の男が補足した。

「しかし、困ったな……さすがに、ニューナンブなんて備品にねぇぞ」

「じゃ、一から別の銃の扱いを仕込むか?」

 と、勇海が頭を掻きながら言う。

 その顔は、言外に前途多難だと語っていた。

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