第9話

『MDSI――防衛省(Ministry of Defence)特殊(Special)介入部隊(Intervention unit)――タフなハートでクールに決める、精鋭揃いな彼らの任務は、近年増加する日本へのテロを防ぐことである!』

「…………」

 明智あけちまことの目の先にあるモニタでは、何人かの男女が、爆発の中を駆け、銃器を乱射し、バラクラバ帽を被ったテロリスト役の男と格闘戦を繰り広げるなど、派手なアクションシーンが映されている。

 さらには、聞き覚えのある声のナレーションが終わると同時に、やたらノリのいい音楽が鳴り出し、男性ボーカルが暑苦しい歌詞(具体的には『正義』や『愛』といった言葉が連呼されている)を歌い出す。

 歌と映像が終わった。

 プロジェクタが停止し、部屋の照明が点く。

「……今見てもらったのが、我々の仕事内容を端的に示したものだ……」

 部屋の隅に佇んでいた勝連かつらたけしが、抑揚のない声――より簡単に言えば、あからさまな棒読み口調で説明した。顔こそ無表情だが、明らかに不本意だったことが分かる。

 一方で、彼とは逆にテンションを上げている男もいた。

「どうよ! 今の、主演:俺! ナレーター:俺! 監督:俺! 脚本:俺! 演技指導:俺! による、うちの隊の宣伝VTRは!」

 今の言葉から、明智は全ての元凶が勇海ゆうみあらたであることを察した。

 ちなみに、口にこそ出さないが、映像の感想は、一昔前に日曜の朝に放送されていた、カラフルなタイツに身を包んだ五、六人の男女が毎回敵の怪人一体をあらゆる武器を用いてボコボコにし、挙句の果てにはヒト形に変形する巨大兵器を投入する特撮作品に似たものを感じていた。

 さらに余談だが、明智はどちらかと言えば、視界が確保されているのか怪しいマスクを被り、バイクを乗り回し、飛び蹴りで怪人を爆破する作品の方が好きだったりする。

 閑話休題。

 明智が口にしたのは、感想とは別のことだった。

「……とりあえず、これにどれだけ国民の血税が使われたのかが気になるな」

「ん? その点は安心しろ! 最初予算を申請したら、却下されたからな!」

 ――それは、賢明な判断だと思った。

「で、しょうがないから自腹で作ろうとしたけど、やっぱり俺だけじゃ足らないから、何人か有志募って、出演の代わりに製作費融通してもらって……」

 ――その有志からしたら、とんだ災難だろう……もしかして、テロリストの役などもその有志とやらに演じさせたのだろうか。

「……そして、撮影のために勝手にうちの備品を持ち出したのか……」

 ついに耐え切れなくなったか、沈黙を保っていた勝連が口を開く。

 その語調からは抑え切れていない怒りが感じられた。

 だが、勇海はそのことにまったく気付いていないのか、やはり彼特有の軽い口調で、

「いやぁ、うちら常に人も予算も不足してるから、これ見りゃお偉いさんも考え直してくれるかなぁ、と」

「あぁ、考え直すだろうな……この部隊の必要性を!

 しかも、無断で弾薬を浪費した上に、三台も車をスクラップにしやがって! どれだけ上から文句言われたと思っている!」

 ――どこに行っても大変そうだな、中間管理職。

 言い争いを始めた二人を見ながら、明智は溜息をき、

「……で、結局自分の出頭の理由は何なのですか?」


 ――真智まちあきらの処刑から三週間が経過していた。

 その間、明智はなまっていた身体を鍛え直す傍ら、彩佳さやかの墓参りに行って日々を送っていた。

 それが今日になって、本部への出頭命令を受けて来たところ、(勇海曰く)宣伝用VTRを見せられ、現在に至る。

「すまない、話が逸れたな。本題に入ろう。

そろそろ、君には射撃訓練を受けてもらおうと我々は考えている」

 勝連の説明に、明智は眉を微かにしかめる。

 明智は射撃がとにかく苦手だった。

 何故か、狙った場所よりも上の方にずれて命中し、それが何度やっても改善出来なかった。おかげで、当時の教官からは「人質がいたらお前は絶対に撃つな」と言われ、希望していた機動隊の道は断念せざるを得なかった。

結 果として、警官時代に発砲したのは、あの・・一回切りであった。

「まぁ、さっきVTR見てもらったように、うちの主な任務は対テロ戦闘だからな。警察みたいに犯人を捕まえるんじゃなくて、むしろ犯人と撃ち合う方が多い」

 勇海が補足するように言い、

「今の勇海の言い方には語弊があるかもしれんが、大体そんなところだ。射撃訓練に関しては勇海に任せる。私からは以上だ」

「了解。

 というわけで、射撃場に行くぞ」

 勇海に促され、明智は早速射撃訓練を受けることになった。


「ところでいつ言おうか迷ってたんだが……」

 書類を持った勇海と並んで明智が歩いていると、勇海から話しかけてきた。

「何を?」

「……あんた、前よりさらに痩せてないか?」

「そうかな?」

 言われた側としては、首を傾げるしかない。

「あぁ……一応、あっちからも訓練中の様子が報告されているが……ここだけの話、あんた食がかなり細い上に、悩みがあるんじゃないかって伝わって来てるぞ」

 ――悩みか。

 訓練官の喜美枝美妃きみえみきに吐露してしまった覚えがあるが、どうやらこっちにはその内容までは報告されていないらしい。

 彼女なりの配慮だろうか。

「さて、心当たりがないな。痩せたというのも、たぶん本格的に身体を動かしたから、牢で付いた贅肉が落ちたのだろう。不調のようなものはまったく感じないが?」

 明智は努めて平静を装って見せたが、勇海はあくまでも懐疑的な眼を向けてくる。

 無言のまま両者は睨み合う。

 先に根負けしたのは、勇海の方だった。

「まぁ、何かあったら相談くらいには乗ってやるぞ」

 勇海はそう言い残し、再び歩き出す。

 まさか心配されるとは予想していなかった。相手には悪いことをしてしまっただろうか。

 だが――と真は思う。

 この問題は自分自身で抱えざるを得ない――たとえ、解決の道が見えることなくても。

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