第3章 冬夜の銃撃戦

第12話

 冬の寒空の下、日付が変わろうとしている頃、数台の車両が港へと向かっていた。

その中のワゴン車に、勇海ゆうみあらたは乗っていた。

 そして、その姿はいつもとは違う。

 闇夜に紛れるかの如き黒い服――防弾ベストを着込み、さらにその上に各種装備を収めたタクティカルベストを身に着けている。

「そういや、あいつの調子はどうなんだ? ユーミ」

 後ろの席に座っている、ガタイのいい男が、勇海に尋ねた。

 勇海は首を傾げた。

「あいつ?」

「ほら、今お前が射撃訓練させている新人だよ」

 勇海は納得した。

「あぁ、マコトのことか。 まだ実戦で使えるレベルじゃないが、ちゃんと訓練をこなしているし、力も付けてきている。じきに使い物になるさ……いや、なってくれなきゃ困る、か」

「珍しく物言いが厳しいですね」

 運転手の男──弦間つるまたくみがさり気無く会話に加わってくる。

 勇海は苦笑しながら、

「そうか?」

「あぁ、タクミの言うとおりだぜ。さっきの言い方、ついにルナに毒されでもしたのか?」

「そんなことはないさ、レイモンド。ただ、あいつの入隊の言い出しっぺは俺だからさぁ、成果出してくれねぇと俺の立場ってもんがさぁ……」

「普段が普段のくせによく言うぜ」

 笑い声が車内に響く中、今まで窓の外を見ながら沈黙に徹していた男──力石りきいしみつるが呟く。

「だが、最初にあの男を推してきたときに驚かされたのは確かだ」

「リキも結構酷いこと言うよな……」

 勇海は空咳をし、一呼吸入れる。

「俺だってさぁ、最初にあいつを見たときは、ただの一警察官にしておくには惜しい人材だって思ったんだよ。それなりに訓練させればまともになるかなぁ……って」

「いや、それ明らかにユーミさんの判断ミスでしょ」

 助手席でノートパソコンの画面と睨めっこしていた通津つづさとしがようやく口を開いた。

「うっせぇ」

「ツヅ、お前が言うな」

「ツヅさんがそれ言いますか?」

「少なくとも、君が言うことじゃないな」

 四者四様に突っ込まれ、この中では若手である通津が慌てていると、無線機の電子音が鳴った。

『指揮車より各車両へ通達』

 無線より勝連かつらたけしの声が流れると同時に、全員が口を閉じる。

『間もなく目的地に到達する。各員装備のチェックを怠るな!』

「了解」

 通信が切れると、先程までの会話が嘘のように無くなり、各々が銃を手に取り、最終チェックを始めた。



 勇海達がのるワゴン車に続いて走っているもう一台のワゴン車にも先程の通信は届いていた。

 こちらもそれぞれ銃を手にしていたが、勇海達のそれとは異なり、適度に会話は続いていた。

「しかし、こんな夜中にいきなり任務なんてねぇ」

「……いきなりどうしたのですか、望月もちづきさん」

 綾目あやめ留奈るなは先輩である望月もちづきかおりの発言に手を止める。

「別に。ただ、こんだけ夜間任務やらされるんなら、夜勤手当ぐらい欲しい、って話よ」

 望月は、ちょっとした世間話のつもりでギャラの話をしているのだろう。

 だが、今は作戦前である。あまりにもモチベーションが下がる発言ばかりされるのはよろしくない。

 何を応えようか迷いつつ、隣に視線を流した。隣で散弾銃にショットシェルを込めていた女性隊員は苦笑しつつ、

「だったら、民間軍事会社にでも鞍替えすればどうです? 元特殊部隊の肩書があれば高級で雇ってくれますよ」

「茶化さないで、クッス」

 助手席に乗っている金髪の女性が諌める。

「姐さんの言っていることも分からないわけじゃないけど、一応私達は了承して参加しているのよ?」

 ちなみに姐さんというのは、望月の渾名みたいなものだ。ほとんどの隊員が 彼女のことをこう呼ぶ。

「そのことは分かっているつもりよ。ごめんなさいね、くだらないこと言っちゃって」

「いやいや、私は姐さんの意見に賛成かなぁ」

 今度は、運転手の女が参加してきた。

「アズサ、丸く収まろうとしていたのに、混ぜっ返すのは止めてもらえません?」

 ルナが苦情を言うと、

「別に、混ぜっ返したわけじゃないって。ただ、自分の意見を言っただけ」

「もう少し状況を考えて言ってくれませんか?」

「おやおや、まるでこっちが空気を読めてないように言うんだね?」

「事実を言ったまでです」

「こっちも、自分の意見を言ったまで」

「だからそれが!」

「はいはい、そこまで」

 再び助手席の女性隊員――姫由ひめよし久代ひさよが止めに入る。

「私達の任務はディスカッションすることではないのですよ? 熱くなっているところ申し訳ないですが、その熱はテロリストにでもぶつけませんか?」

 水を差され、ルナは黙って装備の点検に戻ることにした。梓馬あずまつかさも続けるつもりはないらしく、運転に集中している。

 ――確かに、今は言い争っている場合ではない。自分も任務に集中しなければ……



「もう一度今回の作戦について説明する。

 今回の目的は、国際テロリスト『ナインテラー』と広域指定暴力団霧生きりゅう組による武器密売の取引現場を押さえることだ。

 現在、別働隊が奴らの船を押さえに行っている。我々は、実際に取引現場に踏み込み、密売されている銃器の確保および武装戦力の排除を行う。いいか!」

「了解!」

 隊員達は一斉に応える。


「ここからは二手に分かれて行動する」

 取引が行われていると思われる倉庫に向かうに当たり、大分距離がある地点で隊員達は車から降りた。車両を数人のバックアップ要員に任せ、指揮を担当する勝連武以下十二人の実行部隊は自らの足で目的地に接近していた。

かねてからの予定通り、勇海ゆうみ望月もちづき龍村たつむら通津つづ梓馬あずまの五人は私に続け。

 残りの指揮は、太刀掛たちかけさん、お願いします」

「了解した」

 太刀掛は了承し、残りの五人を率い、離れていく。

 別隊の指揮を執ることになった太刀掛たちかけひとしは、隊の中でも最年長であり、さらにいえば本来なら実行部隊を引退していておかしくない年齢だ。当然実行部隊の実質的な隊長である勝連武よりも歳は上だが、そのことを歯牙に掛けず、その豊富な経験と冷静な判断によって、勝連から最も信頼が置かれている人間であるといっても過言ではない。先程の会話からも、立場が上である勝連が、太刀掛に敬意を払い、重宝していることが分かる。

「移動を開始するぞ」

 勝連が指示を出し、勇海達も動き始めた。六人がそれぞれ別の方向に銃口を向け、周りへの警戒しながら進む。

 しばらく進み、何事も問題なく目的地へ着くかと思われたが――

 戦闘を歩く勝連が左手を挙げ、静止のサインを送る。

 六人は近くに積まれていた箱の陰に、一斉に身を隠した。

 注意深く覗くと、チンピラ風の男が三人、キョロキョロしながら歩いてくる。

 ――見回りだろうか。

「おそらく、霧生組の人間だな。勇海、望月、龍村、排除できるか?」

 勇海はその問いに対し、背負っていた狙撃銃――レミントンM24SWSを構えることで応えた。銃床ストックを右肩に当て、右頬を付けて押さえる。

「端っこの金髪は俺がやるから、残りはよろしく、レイモンド、姐さん」

 スコープを覗きながら言うと、二人の気配が夜の闇に紛れていく。

 勇海は唇の端に笑みを浮かべ、照準を男の頭に合わせた。

 トリガーを絞る。

 銃口に取り付けられたサプレッサーによって発射炎と発射音を弱められた7.62NATO弾が、男の頭蓋を吹き飛ばした。

 突然の事態に、残った二人の男は呆然と倒れた男を見る。

 声を出そうとしたところに、潜んでいたレイモンドが男の一人に飛び膝蹴りを当てた。

 全体重の乗った膝蹴りを鳩尾みぞおちに受け、男の身体が吹っ飛ぶ。

 もう一人が慌てて懐から拳銃を抜いたときには、望月が男に肉迫していた。男の握る拳銃を蹴り飛ばすと、男の足を払う。転んだ男の首目掛け、望月のかかとが振り下ろされた。男の首から、骨の砕ける音が響く。

 一方で、レイモンドも吹っ飛ばした男を組み伏せ、男の首を力任せに圧し折った。

 その様子を確認し、勇海はグリップから右手を離し、ボルトハンドルを引く。空薬莢が排出され、二発目が装填された。

「おそらくこの先も見張りはいるはずだ。油断はするな」



 力石りきいしみつるは、手にしている拳銃――サプレッサー付きのH&K  USPの45口径モデルのトリガーを絞った。9mmパラベラム弾に比べ、弾速が遅い.45ACP弾はサプレッサーと相性がいい。音をほとんど鳴らすことなく発射された弾丸が見張りの男の眉間に穴を穿つ。

 さらに、風切り音と共にナイフが別の男の首に突き立った。喉をやられ声を出せない男に、弦間つるまたくみは忍び寄ると、投げたナイフの柄に手を伸ばす。ナイフを抜くためではなく男に止めを刺すために。柄を握ると、傷口を抉り、男の頸動脈を切り裂く。男の首から、鮮血が噴き出た。

 匠は念を入れ、力石が撃ち倒した男にも止めを刺す。

 綾目あやめ留奈るなはその光景に冷たい眼差しを向けていた。

 彼らのやり方が残酷だ、などとは思っていない。実際に彼女もここまでに右手に持つ銃で何人かのヤクザを撃ち貫いている。

 相手より遥かに強力な武器を用い、相手が気付かぬ内に一方的に叩く。傍から見たら、それを暴力と呼ぶ者もいるだろう。

 だが、テロリストやマフィアどもがやっていることはどうか?

 彼らは武器も持たず、ただ静かな暮らしを望む人々を自分達の都合で一方的に陥れ、殺戮し、恐怖を与えてくる。自分達の行為が暴力なら、奴らの行為もまた暴力だ。

 一方的に暴力で人々の平和を脅かす相手に立ち向かうにはどうするか? 単純だ。より大きな暴力で蹂躙してやればいい。

 それが、綾目留奈の流儀であり、信念だ。たとえそれが悪と罵られようとも……

「進路確保。辺りに敵影なし」

 辺りを警戒していた杏橋きょうはしくすの太刀掛たちかけに報告する。

 目的地まで目と鼻の先だ。



『配置完了、いつでも突入できます』

「了解、別命あるまで待機せよ」

 太刀掛たちかけからの知らせに勝連かつらは指示を出し、

通津つづ、照合まだか?」

「あと少しです」

 小型の電子端末を操作していた通津つづさとしに確認を取り、取引現場に再び目を戻した。

 勝連武と通津理の二人は倉庫の屋根に上がり、天窓から取引現場を見下していた。他の四人は、すでに所定の位置についている。

 倉庫の中は取引の最中だ。

 大型の机の上には、旧ソ連製AKアサルトライフルのコピー品や、複数の種類の拳銃や短機関銃が並べられている。机を挟み、二人の男が向かい合っていた。その周りには、囲むように複数の男達が立っている。それぞれ、ナインテラーと霧生組の構成員だろう。

「結果が出ました」

 通津の報告に耳を傾ける。

「一人は、ナインテラーのNo.3、トレスと判明」

 大物だ。

「もう一人は、霧生組若頭補佐、松澤まつざわ昌樹まさきのようです」

 残念ながら、組長の霧生きりゅう利彰としあきは来てなかった。だが、収穫は大きい。

「ナインテラー」――国際指名手配を受けたテロリスト集団。彼らは共産圏テロリストでも中東のテロリストでもない。これまでなかったヨーロッパ発のテロリストだ。

 二〇三五年現在、ギリシャの経済破綻を発端としたEUの経済事情はこれまでにないほどに悪化の一途をたどっていた。その結果、EUの国々の力は衰えを見せ、相対的にヨーロッパマフィアが力を付け出した。さらには、ヨーロッパ各地においてテロが頻発、一部の軍人達が国を見限ったのだ。

 そうして生まれたヨーロッパ系テロリスト集団の中でも巨大な勢力を持つのが、「ナインテラー」である。「ナイン」は幹部の人数を、「テラー」は「恐怖」あるいは「(彼らの信念の)話し手」の意を表していると言われているが、未だ推測の域を出ていない。

「全隊員に通達」

 勝連は無線機を手に取る。

「現在、建物内で取引が行われている模様。その中に、ナインテラーの幹部、No.3トレスおよび霧生組若頭補佐の松澤昌樹の姿を確認。

 各員、突入後この二人の身柄を確保し、残りは排除せよ」

 一斉に『了解』の声が返ってきたので、勝連は無線からライフルに持ち替える。

 勝連が構える銃の名は、スプリングフィールドM14。

 このライフルはベトナム戦争前に米軍で制式採用されていた。ところが、ベトナムでのジャングル戦において、長銃身のM14は取り回しが悪く、視界が遮られた状態では7.62mm弾の長射程も意味をなさなかった。戦争の真っ只中に有名なM16へと制式銃の座を譲ることとなる。しかし、時が経ち、主戦場がジャングルから中東の砂漠に移ったことで、今度は5.56mm弾を使うM16系のライフルの威力・射程不足が指摘された。そこで死蔵されていたM14に再び評価が集まり、近代的改修が施された。

 勝連は改修されたこの銃に長射程用のスコープを付ける等、さらなる自分好みの改造を施していた。

 勝連はスコープを覗き、ナインテラー幹部のすぐ後ろに立つ構成員の頭に狙いを点ける。

 ――作戦開始だ。

 勝連はトリガーを絞る。

 狙いに狂いはなく、構成員の男は頭から鮮血を撒き散らした。

 さらに、勝連は二人目、三人目と狙いを定め、撃ち続ける。

 連中も気付いたらしく、こちらを指し、武器を構え始めた。

 そこで勝連は撃つのを止め、一度天窓から離れる。

 その直後、内部で銃声と同時に悲鳴が上がった。

 待機していた部隊が突入したのだ。

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