第3話ウェディングパーティー

「こんにちは〜、理央りおです、え〜っと、お久しぶりです。ねっ……実は私……結婚することになりまして……おかげさまでいい出会いにめぐまれまして。ありがとうございます、本当にお世話になってます。今日は丸尾まるおくんの結婚披露宴けっこんひろうえんですね。くわしくはのちほどということで……楽しみにしてます、では失礼します」


 土曜日の朝、目覚めてからスマホのSNSをチェックすると理央から動画メッセージが届いていた。僕は最初1回見てショックを受け、落ち着いてから3回リピート再生した。

 くだかれた。もしかしたら理央のスキャンダルは誤報ごほうで、あとで彼女から「本当はつかさのことが好きなの」なんてメッセージが届くのでは、というあわい期待が見事に打ち砕かれた。


 やはりね我が街をさわがせたあのスキャンダルは本当だった。


 その当の本人である理央がブラックとブラウンのワンピースドレスを着て目の前でとりガラベースでオイスターソースの風味ふうみいた中華スープを飲んでいる。はしとレンゲを使い、である小松菜こまつなと豚バラ肉の角煮かくにを上品にしょくしていた。

 ここは丸尾の結婚披露宴会場だ。僕と理央は会場のちょうど真ん中あたりの丸テーブルに着いて特別美味くもない中華のコース料理に付き合っていた。他には見ず知らずの丸尾の友人たちと同席だ。会場内は明らかにをサンクトペテルブルグのエカテリーナ宮殿を真似して作られている。なんの偶然か、理央の朝帰りの舞台になった高級ホテルに併設へいせつされた結婚披露宴会場である。まぁ、高級といっても都会の影響を受けたいち地方都市のノーブランドホテルだ。建物や内装をプリツカー賞受賞者に作ってもらうというわけにはいかない。


 丸尾はメインステージで新婦しんぷといっしょにケーキ入刀にゅうとうをしている。招待客らが周りに集まりスマホで記念写真を撮っていた。

「すげ〜な、丸尾のセフレも出席している」

「どこどこ?」

露骨ろこつに振り向くな、右の二つ後ろのテーブル」

「は〜ん、美人ね、あいつらしい」

「……これからどうなることやら」

 僕と理央は退屈たいくつしていた。

 新郎新婦しんろうしんぷはウェディングケーキの最初のひとかけらを食べさせ合っている。二人とも極上ごくじょうの笑顔を生クリームでよごしている。恒例こうれい儀式ぎしきに目を細める親類縁者しんるいえんじゃや招待客たち。


「見つけたの、こいつしかいないって男を」

 理央が自分から話を切り出した。

「彼となら再現さいげんできそうな気がするのよ、私がおさないころ体験したスイートホームを」

 理央の話は続く。

「我が家は姉妹しまいも多かったし祖父母そふぼもいたから毎日賑まいにちにぎやかな家庭でね。毎朝毎晩明るくて楽しい食卓しょくたくだった……きっとあの男とならそういう家庭をきずけるわ」

 そうして理央は恥ずかしそうな顔をした。

「……どおだった? 朝帰りのスキャンダル」

「おめでとう、驚いたけどね」

 僕は本性ほんしょうかくしておいわいの言葉を送った。僕はまだ理央の本命ほんめいが自分じゃないことを受け入れられていない。

 理央によると彼女の朝帰りの相手は東京のスタジオミュージシャンなのだそうだ。業界では知る人ぞ知る期待の新人。理央が休みを取って東京へ里帰りしたとき、パーティーで知り合ったという。申し分ないパートナー、僕にはかなわない。ちなみに理央はこの街で、なんと車の整備士をしている。


「理央はどうしてこの街に来たの? 東京出身だろ? こんな田舎」

「そうだね、言ってなかったね」

「……この街は私のママの故郷こきょうなの」

「ママの生まれ育った街を知りたくてここの大学に入ったわけ……そしてらおもいのほか気に入っちゃって」

「そんなに? 経済的にも偏差値的にも恵まれていたのに」

 理央は学生時代、勉強の成績がめちゃくちゃ良かった。なぜ東京六大学へ行かなかったのかという疑問は誰もが持つだろう。家も裕福だとうわさで聞いたことがある。

「いいのよ、ウォール・ストリートで働きたいわけじゃないから」

「今どき変わってると思う」

「そうね、そうかもしれない」

 僕の素直な感想に理央は普通に答えた。こういうやり取りはれているのかもしれない。


「子どものころ家族でかくれんぼしたことある?」

 理央が話題を変えた。どこか遠くを見ている。

「いや」

「うちあるの。日曜日、パパがおにになって祖父母、ママ、姉妹、私が実家じっか押入おしいれとかに隠れるの……みんなでキャッキャ言いながら遊ぶの、家族で。そんなのが理想りそうだったりするのよ、私の」

 ドレスアップした丸尾と新婦が従者じゅうしゃともない僕たちのテーブルにやって来た。彼らは長いバーの先にある着火用ちゃっかようろうそくで丸テーブルの中心にあるデコレートされた別のそれに火をつけた。そしてみんなで記念撮影。

 いつの間にか運ばれていた中華料理のメインディッシュである香酢風味こうすふうみ上海蟹姿蒸しゃんはいがにすがたむしはすっかりめてしまっていた。

「次の週末、あのクラブでまわすわ、最後よ、来て」

 新郎新婦が去り、改めてテーブルに着いたあと理央が言った。恋人と東京へ帰る前に僕たちがよく行くエレクトロ系のクラブでDJプレイをするという。僕はその機会をのがすともう理央には会えないような気がした。

 今日の天気は晴れだったか雨だったか。僕は色んなことがどうでもよく感じられるほど理央のことを想っていた。

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