第51話 朝食

 朝日が差し込んで俺の顔を照らす。

 眩しさに顔を逸らすとそこにはすやすやと穏やかな顔で眠る瑞菜がいる。

 寝相は悪くないが、少し乱れた浴衣が朝っぱらから俺の扇情的なスイッチを押しかけるが、昨日はしゃぎすぎているので自重する。

 昨日は、本当に凄かった。

 環境の違いもあるが、あんなに乱れた瑞菜の一面を知ることが出来たのは今回の旅の得難き事の一つだろう。

 瑞菜の魅惑的な姿に優しく布団をかけて、差し込む日差しをカーテンで遮ってあげる。


「りゅう……や……」


 かすかな寝言を呟いて、穏やかにまた寝息を立てる。


 朝日はまだ地平線から少し顔を出したぐらい、空気の澄んだ谷間に新しい一日の活力を届けるように燦々と輝いている。


「まだちょっと早いな……」


 ベランダから谷間を見つめていると、刻一刻と日差しの角度が変わって街を照らし始める。その移り変わりを見ているだけでも時間は穏やかに過ぎていく。


「ああ、これは風呂にはいるべきだな」


 俺はふと思い立っていそいそと湯治の準備をする。

 この朝日を浴びながら露天風と洒落込めば、今日は最高の1日になる確信がある。


「はぁぁぁー……」


 予想通り、いや、予想以上に気持ちがいい。

 朝起きて、日が昇る前に外で風呂に入る。それがこんなにも気持ちが良いものだなんて、今の今まで知ることがなかった。


 毎日が知らないことの連続だ。

 世界は幸せで満ち溢れている。


 瑞菜と暮らし始めて、俺は本当に強くそう感じている。


「あー、ずるーい」


 声の方を向くと少し眠そうな瑞菜が浴衣姿で覗いていた。


「いないと思ったら……私も入る……」


 脱衣所に隠れたと思ったらすぐにタオル一枚で再登場する。

 浴衣しか着ていなかったからなぁ……

 その瑞菜の姿に、昨日の情報が付加され、ムクムクと情熱が湧いてくるが、我慢する。


「お邪魔しまーす」


 瑞菜の美しい肢体が湯船の中に包み込まれていく。


「あーーーー……気持ちいいぃ……これは、最高だねぇ~」


 瑞菜もこの魔力的な快楽には勝てない。

 早朝の澄んだ空気を全身に浴びながら露天風呂に浸かると言うのは悪魔的に気持ちがいい。このまま湯船の中に溶け込んで消えてしまいたいぐらいだ。


「これ、やばいよね……」


「キンキンに冷えたビールとかあったらもっとヤバイかもねぇ……」


 ゴクリ。俺と瑞菜の喉が同時に音を立てる。


「きょ、今日はお父さんところに行ったりするから。流石に朝からはね……

 明日なら……」


「また一つ、僕達が明日まで元気に生きないといけない理由ができたね」


 食欲に関する欲求、いや執念といった方がいいかもしれない。

 この想いは、大変に強いと俺はここ最近思い知っている。


「そう言えば、朝食も楽しみだね!」


「部屋に持ってきてくれるんだよね、そろそろ来ちゃうかもね。

 あがろっか」


「うん」


 最高の時間を過ごし、俺と瑞菜はさっぱりとした気持ちで一日を迎えることが出来る。


部屋に戻り軽く布団などを片付けていく。


「改めて見ると……ちょっと恥ずかしい……」


 昨夜のおはしゃぎの後は生々しく残っている。

 それを人に見られては更に恥ずかしいのでそそくさと片付けていく。


 今日は瑞菜のお父さん。そして、俺の命の恩人である龍也さんに会いに行く。


「……なんか、更に昨日の出来事が悪い事したような気分になるな……」


「……言わないでぇ……」


 瑞菜も同じことを考えていたみたいで顔を真赤にして枕を抱えている。

 

「あ、朝ごはんそろそろだね」


「そ、そうね!」


「失礼致します」


 本当にいいタイミングで中居さんが朝食の準備を持ってきてくれた。

 流石プロである。


「お布団はそのままにしておいていただいていいですよ~」


「あ、ははは。つい、癖で……」


 優しい中居さんの気遣いだが、そのままにしておけなかった事情があるのですよ。

 情事の事情がね……


 次々と並べられていく小鉢には小さいながらも丁寧な仕事をされた小料理が詰まっている。


「わー、きれーい……」


「ご飯はお代わり自由です。どうぞお申し付けください。

 こちらの生卵ももし必要ならおっしゃってください。

 それではごゆっくりとお楽しみください」


 焼き魚、煮物、佃煮、漬物、生卵、海苔、お味噌汁、ほっかほかのご飯。


「朝からこんなに食べられるかなー」


 そう話す瑞菜の目は輝いている。

 俺もそうだ。

 The 日本の朝ごはん。

 DNAがこれは絶対に美味しいと叫んでいる気がする。


「いただきます」「いただきます!」


 まずはなにもかけずに白米をいただく。

 米どころでもあるここの旅館の白米は本当に美味しい。

 そこに漬物を少し合わせればこれだけでいくらでも食べられてしまう。

 優しい味付けの煮物。


「この鮭、すごい、塩焼きだからこそわかる。美味しい……」


 塩加減、脂、鮭の味わい。全てが絡み合い絶品になっている。

 これでもご飯が数杯行けそうだ。


「そして、何と言ってもTKG(たまごかけごはん)……あっ……」


 絶句。


 今まで食べていたTKGとは別世界。

 圧倒的だ。

 ご飯も卵もおかわり自由と聞いた時は、何を言っているんだろうと思ったが、ああ、こういうことか……


 おひつのなかの白米は気がつけば無くなって、お代わりをお願いしていたのは言うまでもない。


 朝から、とんでもない量の食事を平らげ、俺と瑞菜はしばらく動けないほどの幸せな満腹感に苦しめられるのでありました。

 

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