第52話 報告
「それじゃぁ楽蔵先生。いってらっしゃい!」
「うむ、二人も無事に良い報告できるのを祈っておるぞ」
「ありがとうございます。先生も学会がんばってくださいね」
楽蔵先生から貰った胃薬でやっとのことまともに動けるようになった。
先生は学会があるために俺たちよりも先にホテルを後にする。
今日の夜は後輩、ケアと大騒ぎらしいので次に合うのは明日の夜になりそうだ。
「さて、私達も準備しましょうか」
「そうだね。瑞菜のお義父さん。俺の命の恩人の龍也さんに会いに行こう」
宿から近くの駅までバスが出ている。
そこから電車をいくつか乗り継いで瑞菜の故郷へと降り立つ。
「あーーー、相変わらず変わってないなぁ……」
「いいところだね」
「ははは、気を使わなくていいよ。
なーんもないよね」
瑞菜の言う通り、のどかな風景が広がっている。
何もないというのは人が作ったものがないという意味で、ここには自然がある。
「綺麗なところだと、ほんとにそう思うよ」
「……父さんもそう言ってた……
さて、バスは……よかったーすぐ来るみたい。
基本的に一本乗り過ごすと1時間待ちコースだからさぁ」
のどかな風景を眺めながらバスに揺られる。
自然と瑞菜の手を握っていた。
朝食を食べすぎたのと旅の移動の疲れからか、しばらくするとすぅすぅと寝息を立てて俺の肩にもたれかかっている。
瑞菜の心地の良い暖かさと、窓の外ののどかな光景が俺にも睡魔を運んでくるが、二人で寝てしまえば目的の場所で降りられなくなる。
何の気なしに瑞菜の寝顔を見ていると、胸元がなかなか眼福な状態になっていることに気が付き、昨夜の情事を思い浮かべているといつの間にか睡魔は淫魔へと変わっており、眠気はどこかへ行っていた。
漢ってやつは……これだから愛らしい。
「次はー黄昏丘ー黄昏丘ー」
「瑞菜、起きて。降りる駅だよ」
乗降ボタンを押すとブーーとおなじみの音がする。
眠い目をこすりながら瑞菜が俺に掴まってバスを降りる。
のどかな風景がさらに自然豊かになっている。
草と土の匂いに包まれる。
「ごめんね、寝ちゃった」
「大丈夫。すごいねここは、空気がまるで違う」
俺はその気持のいい空気を胸いっぱいに吸い込む。
「ここは本当に田舎だからねー。父さんは小さい頃ココらへんの山を走り回ったんだーってよく聞かされた。
……行こ、結構歩くからね」
バス停から少し歩くと小脇にそれて木々の間を緩やかに登っていく。
緑豊かな森のなかに木漏れ日が差し込み、少し汗ばむ陽気な日差しが緩められて涼しい風が通って非常に気持ちがいい。
舗装されてはいないが砂利道がまっすぐと森を分けている情景は一言で素晴らしい。
「気持ちがいいね、森の中は……」
「結構熱いからね。ただ、何度も往復するとしんどいよー」
確かに目の前にまっすぐと続く道は長く続いているし、ゆったりとした登りの連続を歩いていると少し汗ばんでくる。
「もう少しだから」
Tシャツをパタパタと仰いでいると瑞菜が教えてくれる。
その言葉通りに少し先で森が途切れているようで、明るくなっている場所が見えた。
「うわーーーーー!」
光の帯に一歩踏み出すと突然視界が開ける。
小高い丘から周囲の景色が一望できる。
「盆地状になっているココらへんが、全部見えるの。
そして、お墓はあっち」
瑞菜が指差す方向には小さなお寺があった。
その隣に小規模な墓地がある。
「父さんは、俺が死んだらここにしてくれって冗談で言ってたんだけど。
遺言だからね。来るの大変なんだけどね」
少しさみしそうにそうつぶやく瑞菜の手をにぎる俺の手に少しだけ力が入る。
「行こう。今日行くって言ってあるから準備してあると思うから」
お寺に行くとお花とお水など墓参りの道具が準備されていた。
お墓を管理してくださっている住職の方々にお心付けをお渡しして、墓参りへ向かう。
「言い方が変かもしれないけど、いい場所にあるお墓だね」
「そうだね、気持ちがいい場所だよね」
高台を抜けていく風は心地よく、天気が良い今日は絶景が一望できる。
そこに並んでいる墓石も綺麗に管理されていて、風景として、綺麗だった。
「ここがお父さんのお墓」
高台の中でも特に景色がよく見える一角に龍也さんのお墓はあった。
まずは雑草などを綺麗にして墓石を磨き上げる。
見違えるほどにきれいになった墓石の前で瑞菜とある種の満足感を感じる。
「さて、お線香とか花とか置こうか」
「うん……」
線香の香りは、俺の記憶も呼び起こす。
遠い遠い記憶……ボヤがかかっているようにはっきりしない。
父親を送った日を……
「お父さん……私に大事な人が出来ました」
瑞菜が小さく、それでも強い意志のこもった声で父親に報告を始める。
「お父さんが救ってくれた人です。お父さん……ありがとう」
俺も、自分の気持ちをしっかりと持つ。
覚悟、気持ちを込めて龍也さんに話しかける。
「龍也さん。貴方に命を救ってもらった琉夜です。
せっかく救ってもらった命なのに、しばらくは無為に過ごしてしまいました。
そんな僕を、もう一度救ってくれたのは、龍也さんの娘さんでした。
僕は、どんなことをしてもお二人に恩を返すことは出来ないかもしれません。
それでも僕は、龍也さんの娘さん、瑞菜さんをこれから一生かけて幸せにしていきます。それが、僕に出来る恩返しだと思っています。
龍也さん。娘さんと結婚させてください。
そして……」
俺は準備していた指輪を取り出し、瑞菜に見せる。
遺産ではない。自分で稼いだお金から今の自分が買える決意の指輪だ。
「瑞菜さん。こんな俺ですが、絶対に貴方を幸せにします。
する努力を一生怠りません。
一生懸命生きていきます。
一緒の人生を歩んでもらえませんか」
情けないことに、俺の目からは涙が溢れていた。
瑞菜の綺麗な目からも大粒の涙が溢れ出していた。
瑞菜は俺の手から指輪を受取り、自らの左の薬指にはめる。
「……はい。よろしくお願いします。
お父さん……私、頑張って幸せになるね!」
「幸せにするよ!」
半ば叫ぶように俺は瑞菜を抱きしめた。
俺の二度目の人生は、一人で歩むものでは無くなった。
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