第49話 伝えられた想い

「ほ、本当に楽蔵先生なんですか!?」


「ああ、ああ。そうだ。大垣楽蔵じゃ。久しぶりじゃのぉ……

 こんなところで会うなんて奇跡としか言えんな!」


 あの頃と変わらない見事な笑いジワ、流石にお年は召しているが、間違いない。

 見間違えるはずがない。

 俺に力強く生きるチカラを与えてくれた恩師がそこに確かにいた。


「……その節は、大変お世話になりました……」


「ええんじゃええんじゃ。君が元気になってくれたのは遊蔵から聞いておる。

 ん? と、言うことは今日は彼女と?」


「あ、ああ、ええ。そうです。お陰様で将来を考える女性にも出会えました。

 全てあの時、楽蔵先生に命を救ってもらったからです」


 ようやく言えた。きちんとした形でお礼を。


「うんうん。とりあえず座らんか? 立派なものじゃがあまり見せびらかしてもな」


「あ、す、スミマセン!」


 慌てて湯船に浸かる。楽蔵先生も隣に腰掛ける。


「雄大で美しい風景じゃな」


「はい……」


 静かに湯船に使って風呂の魅力を存分に堪能する。


「わーーーすごーーーい」


 隣から女性の声が聞こえる。瑞菜だ。


「瑞菜ー。聞こえてるー?」


「うん? あれ、琉夜もいるの?」


「ああ、それに、なんと楽蔵先生に偶然に出会って一緒にいる」


「……え? ええ!? 楽蔵先生って楽蔵先生?」


 流石にあまりに突飛な話しすぎて瑞菜も理解が追いつかない。


「瑞菜ちゃん久しぶりじゃの。まぁ、積もる話は後で部屋ででもゆっくりしようじゃないか。今はせっかくのこの名湯をたのしまんと損じゃて……」


「あ、は、はい……」


 興奮は冷めやらないが、楽蔵先生のおっしゃる通り、この素晴らしい温泉を楽しまないのは温泉に対して失礼だ。俺は落ち着いて目の前に広がる絶景に向き合う。

 だいぶ日も傾いた橙の光に照らされ輝く山肌、山間から見える街の広がり、それらが遮るものなく目の前いっぱいに広がりながら浸かる風呂。

 これは日本人の楽しみの一つの極地に至っているのではないだろうか?


「……楽蔵先生……なにしているんですか?」


 ふと横を見ると楽蔵先生の姿がない。

 瑞菜の声がした方の立板の隙間がないかカサカサと動き回っている。


「いや、なに、久々の再会じゃからの、瑞菜ちゃんの成長をな……」


 感心して損した気分だよ。

 その後楽蔵先生を引きずって風呂場前のラウンジで瑞菜を二人で待った。

 その後の生活の話や、今の仕事の話を店長からも聞いているようだが、うんうんと嬉しそうに聞いてもらえた。

 

「なに!? あの新館に泊まっておるのか! 

 いいのう、ワシは一人旅じゃから一番小さい部屋にしたが、それでも十分なのに新館はどうなっておるんじゃ?」


「凄い。の一言ですね……」


「ほー……」


「ほんとに楽蔵先生だー!」


 瑞菜が嬉しそうに駆け寄ってくる。


「ぬ、は……」


 湯上がりの瑞菜が、旅館の浴衣を着ていて……たまらん可愛さだ……

 もし楽蔵先生と会ってなかったらお姫様抱っこで部屋に連れて行ってあんなことやこんなことをしてしまっていたかもしれない。


「おー、瑞菜ちゃん相変わらずべっぴんさんじゃのー。それに相変わらずよく成長して……」


「先生……なに言ってるんですか?」


 さっきまでの笑顔が氷のように引きつっている。怖い。

 それから楽蔵先生に俺たちの部屋を教えて、荷物を置いたら再会する約束をする。

 お風呂に入ったらあれほどパンパンだったお腹も落ち着いていたので、そのまま部屋に軽いおつまみとお酒もオーダーしておく。

 

「すごい偶然過ぎるね! まさかこんなところで会うなんて!」


「瑞菜はたまに会っていたんだよね?」


「うん、店長さんと一緒に食事に行ったりね。

 あいかわらずエロ親父だなー先生は……」


「い、いや。凄く可愛い、し素敵だから仕方ないと思うよ。

 俺も楽蔵先生いなかったら襲いかかってたと思うし……」


「……ばーか……」


 少し照れた瑞菜さんも素敵です。

 部屋に戻って風呂の後片付けを終えるとおつまみとお酒が届けられた。

 お刺身や軽い揚げ物などバランス良く用意されていて、特に刺し身は結構な気合が入っていて驚いた。そんなに高くなかったのに……


 しばらくすると楽蔵先生も部屋に訪れる。

 その部屋の豪華さに驚いていた。


「それじゃぁ、偶然の再会の幸運に乾杯」


「「かんぱーい」」


 火照った身体にキンキンに冷えたビールが染み込んでいく。

 

「ぷはー。あーーー美味し!」


「おお、相変わらずええ飲みっぷりじゃの!

 琉夜君もいける口なんじゃな!」


「知ってしまったら、ハマっちゃいました」


「まぁ、飲み過ぎなければ酒は百薬の長じゃからな。

 うんうん、まさかこうやって琉夜くんと飲める日が来るとはなぁ……」


「いつかはお礼に伺わなければと思っていたのですが、急に色々と動き始めてバタバタしてしまって……

 改めて。楽蔵先生、その節は本当にお世話になりました」


「こちらこそ、琉夜くん。元気になってくれて、ありがとう……」


 目頭が熱くなった。






 

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