第48話 宴と出会い

「ほわぁ……」


 口に含んだお肉が極上の脂と旨味を残して消えていく。

 歯で噛む必要も無いのではないかと錯覚させる。

 オプションで頼んでおいたA5和牛の石焼。

 

「琉夜……これ……すごいね……」


 瑞菜も恍惚とした表情だ。

 熱した石の上で表と裏を軽く焼くだけで肉汁と脂が溢れ出んばかりになる。

 たくさんは食べられない。これは旨味が強すぎる……

 その余韻と一緒に御飯を放り込む。

 

「ご飯が、凄く美味しい」


「ご飯は地元の自慢の一つだからね! 水も美味しいからこの味になるんだよ!」


 ツヤッツヤのほっかほか。お米だけでこんなにも旨いと感じるものなのかと感心してしまう。おひつに入ったお米ってなんだかワクワクする。


「このヤナギガレイの煮付けとご飯。ああ……最高……」


「ごくり……」


 煮付けはしっかりとした甘みとしょっぱさ、濃いめの味付けだ。

 しかしこれがこの上質なコメと合わさると暴力的な旨さだ。

 そのまま食べて肴にしてもビールが止まらない。


「琉夜さん、こちらのブリのお刺身。ぜひ、こちらの日本酒で……」


 瑞菜の酌で日本酒をいただく。

 スッキリとした味わい、深みのある甘み。間違いない、一級品だ。

 すぐにブリの刺身を続ける。


「……極楽だねこれは……」


 この間、連れていってもらったお寿司屋でもこれほど上品な味わいのブリにはお目にかかれなかった。

 しかも、日本酒と味わうことでブリのポテンシャルをさらに引き出している。


「こっちの煮物は味が濃いんだけど、それがいいの……」


 濃い目の味わいとお酒のコンボが止まらない。


「ご飯が止まらないよ瑞菜……」


 白いご飯と煮物。日本人でよかったと感じてしまうのも仕方がない。


「大丈夫。後は横になって気が向いたらお風呂、私達には自由が与えられているの」


「ああ、嬉しいよ瑞菜!」


「幸せね琉夜!」


 悪ノリも加速していく。

 気がつけばあれだけ大量に目の前に広げられた料理も食べ尽くしていた。


「ああ……満腹って、幸せなことなんだね……」


「本当に……今この瞬間は世界で一番幸せって断言できるわ……」


 お行儀なんて気にしないで畳にごろりと横になる。

 窓からは少し涼しい風が入ってきてお酒と料理で熱を持った身体を冷やしてくれる。

 食事を終えてもまだ日が傾いている程度、いつもよりかなり早い時間に夜ご飯を食べ終えてしまった。


「大浴場も凄いんだよねここ……?」


「最初はそれで選んだからね。まさか個別の露天風呂に巡り合うなんて思ってなかったからね」


 なぜか瑞菜が頭を抱えながらうーうーと悩み始めた。

 ちょっと可愛いんだけど、畳で胸が潰されたりして結構悩ましいお姿になっている。


「ねぇ……最初は大浴場行きたいって言ったら怒る? やっぱり一緒に入りたい?」


「怒らないよー。もともとそのつもりだったし、大浴場も行きたいよね」


 俺の言葉でぱぁっと満面の笑顔で喜びを表現する瑞菜。

 こういうストレートな表現ができる瑞菜は本当に凄いと思うし、そういうところがこれ以上無いほどに好きで惹かれる。


「ありがとー、ちょっとお腹こなれたらお風呂行こー。

 お茶入れるね」


 瑞菜が入れてくれた温かいお茶を飲むと、不思議とお腹もスッキリしてくる。

 いい食事はモタレたりしないのかもしれない。


 新館から本館への道を手をつなぎながら仲良く歩いて行く。

 オフシーズンとはいえ大人気旅館なので他のお客さんも見えるが、皆ご高齢の方が多い。まぁあんまり若い人がホイホイと泊まれる値段ではないからなぁ……

 

「それじゃあ、後でね」


「うん、待ってるね」


 大浴場は男女別になっている。

 男湯、女湯ともに露天部分もあるそうで楽しみだ。


「おお、広い……しかも、俺だけかな?」


 広々とした浴室、湯船もかなりの大きさがある。

 中庭部分にそのまま出られるようになっているみたいで、外にも結構な大きさの湯船が見える。

 夕方の日差しに山肌が照らされる風景を楽しめる素晴らしいロケーションだ。

 身体を洗い、まずは外の風呂を楽しむ。


「おおう……ふぅ……」


 露天の作りにしてはかなり大型、しかも山側に遮蔽物がないために開放感抜群だ。

 少し熱めの湯と、日が暮れてきて涼しくなってきた風が大変心地いい。

 

「極楽極楽生き返る~」


 ガラガラガラ


 扉が開く音がする。自分以外に誰かが露天風呂のエリアに来たみたいだ。

 

「おや、先客かのぉ……」


 どうやらご年配の方らしい。

 問題はそこじゃない、なぜかその声を聞いて俺の記憶が揺さぶられる。

 そーっと今入ってきた男性の様子をうかがう。

 どきりと心臓が高鳴った。


「ら……楽蔵……先生……?」


「ん……? もしかして……琉夜君か……?」


 まさかの地で、まさかの再会であった。

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