第47話 嬉しい誤算
「すっごーい!」
「これは……」
タクシーで到着した旅館は、想像よりも遥かに立派だった。
最近リニューアルしたばかりで、シーズンとも外れていたので非常に安い値段で予約することが出来た。
最近はなんでもインターネットで比較して宿泊施設を選ぶので、一昔前では考えられないような値段の場所もある。
今回はその分といったらおかしいが、ちょっとオプションで食事などをグレードアップしている。本当に楽しみだ。
「中瀬様お二人ですね。お待ちしておりました」
旅館のスタッフ総出でお出迎えだ。恐縮してしまう。
「中瀬様、少々よろしいですか?」
「あ、はい」
ビシっとしたスーツの男性に呼ばれて応接間に通される。
何が起きるのかドキドキしてしまう。
「実は少々手違いがありまして、ご予約のお部屋と実際にお泊りいただくお部屋が変わってしまっておりまして……」
「ああ、そうなんですか?」
「申し訳ありません。今回、本館の3階のお部屋でご予約いただいておりましたが、事情によりその部屋が使えなくなりまして、代わりに新館にお部屋を用意いたしました。グレード的にはそちらの部屋のほうが上でございます。
もしご了承いただけないのでしたらなるべくご希望に添えるように努力いたします」
「え、いい部屋に泊まれるってことですか?」
「はい、もちろん追加の費用も頂きません。この度新築した新館の自慢のお部屋なのでご満足いただけるかと……」
「え? 琉夜凄いじゃん! ここの新館って二人で見てた凄い部屋のとこだよ!」
「こ、こちらとしては全く問題がないというか、いいんですか?」
「もちろんです。この度はご不快な思いをさせてしまい申し訳ございません……」
深々と頭を下げれられてしまうが、正直新館は桁が一つ変わるから諦めていた。
中居さんに着いていくと、本館でも凄く立派な作りだったが、新館はさらに輪をかけて綺麗だった。
「うわっうわっ……凄い……」
「どうぞ、御くつろぎくださいませ」
案内された部屋は、とんでもなかった。
山の上から街を一望できる眺め、しかも、広いベランダというか中庭には専用の露天風呂、部屋は二人で使うには広すぎると言っていいほどの立派な和室、さらに洋室まであり別に寝室がある。
「て、テレビの中でしかこんなの見たこと無いよ……」
瑞菜はあまりの部屋の凄さに気圧されている。
俺はすでに現実感がなくて笑いが溢れてくる。
「と、とりあえず。荷物を置こう。うん」
「そ、そうね。ちょっとなんか喉がカラカラになっちゃった。お茶飲む?」
「つ、冷たいものがいいかな? 冷蔵庫が……大きい……おお、瑞菜瑞菜」
「どうしたの? わっ! これは……」
「飲んでいいと思う?」
「あとで精算じゃない?」
「フロントに聞いてみようか?」
冷蔵庫にお酒がしっかりと準備されていて、どうやってお金を払うかわからない小市民二人であった。
バーカウンターも用意されていて、いくつかのボトルも用意されている。
フロントからの返答は、驚くべきものだった。
「部屋の中のものは基本飲み放題食べ放題だってさ……ボトルだけ開けると後精算だって」
「お金持ちって怖い……」
俺らはどこまでも小市民である。
でも、もらえるものはもらうのも庶民である。
二人でビールで乾杯だ。
なんかわからないけど高級そうなグラスに注ぐとビールの輝きもますような気がする。
ベランダに出て用意されたテーブルに座ると、山の間から気持ちのいい風が吹いてくる。
「夢じゃないかね?」
「つねろうか?」
「お願いしま、いてて……」
「夢じゃないね、もう、開き直ろう! 二人の幸運にかんぱーい!」
よく冷えたビールを開放的な絶景を見ながら飲むと、こんなにも美味しいのか。
震えるほど旨かった。
「く~~~~~~~~! 旨い!!」
「さいこーーー!!」
さいこーさいこーとやまびこが響く。
なんという非日常だろうか。
「凄いね、専用のお風呂とか本当にあるんだね」
「一緒に入れるね……」
「……そうだね……」
ちょっと恥ずかしそうにしているけど、瑞菜もまんざらではないみたいだ。
少し顔を近づけると目を閉じてくる。
軽く口づけをする。
非日常のせいかそのまま見つめ合って二人の気持ちが盛り上がってくるのを感じる。瑞菜の身体を引き寄せるために腰に腕を回す。
コンコン
「ふぁ、はい!」
そのタイミングで部屋の扉が静かにノックされた。
口から心臓が出るかと思った。
「失礼致します。夕食の準備をさせていただきます」
「あ、は、はい! よろしくお願いします!」
中居さんが数人で食事の用意をしてくれる。
見る見るうちに大きなテーブルの上に色鮮やかな食事が広がっていく。
その光景さえも息を呑むほどに素晴らしかった。
料理一つ一つが美しく、輝いて見えた。
瑞菜も隣でうわーうわーと静かにテンションを上げている。
「どうぞごゆるりと堪能ください」
天上の宴が始まったような気分だった。
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