第16話 科学の力
惣菜屋に行く準備をして家を出る。
4倍に引き伸ばされた時間を過ごして、どんな感じになるか不思議だったが、特にリアルに変わった感じは受けなかった。
「なんか、得した感じだよな……」
一日をより長く体感できるということになるわけだから、これはお得だ。
しかも、引き伸ばされるのは楽しいゲームの時間だけ。
これは素晴らしい。
どういう仕組みかはさっぱりわからないけど、かがくのちからってすげー。
「そういえば、ログインして睡眠を取ったらどうなるんだろう?」
これは誰しもが思う考えだと思う。
答え合わせをしてしまうと、ゲーム内で睡眠を取ろうとすると、自動ログアウト機能が働くそうだ。そうは問屋が卸さないってわけだ。ちゃんと説明に書いてあった。
「いらっしゃい!」
今日は店長がカウンターに立っていた。
今日の日替わりは……八宝菜がメインか……
今日のおすすめは……エビチリ……中華だな……
スープは卵スープ……悩む……
「あれ? みずなちゃん珍しいねいらっしゃい」
店長が誰かに話しかけているのでちらっと見ると、いつも店員として働いているおねーさんだった。
「ちょっと今日は予定があって作ってられなくて、あ、いらっしゃいませ」
「あ、どうも……」
「みずなちゃんは今お客さんでしょ、はははは」
「あっ、そうだった。つい……」
恥ずかしそうに頬を染めているおねーさん。みずなさんっていうのか。
おねーさんといっても俺よりは年下だろう。
20代半ばくらいだろうか?
薄い美人な感じ。で……スタイル、いいんですね……気が付かなかった。
そんなことを考えたら恥ずかしくなって弁当選びに戻る。
八宝菜か、エビチリか、卵スープは決定事項だ。
「あ! 今日店長のエビチリなんですね! 決めた!
これにします。あと卵スープも」
「まいどあり」
決まりである。
俺もエビチリと卵スープを手に取る。
しかし、気がついてしまった。
単品で八宝菜があることに……大丈夫だ、俺のお腹は空いている。
「これ、お願いします」
俺はエビチリ丼、単品の八宝菜に卵スープをレジに置く。
今日は朝食しか食べていないしこれくらいは余裕だろ。
あれ? なんで昼飯抜かしたんだっけ?
あー、そうか、メンテを待ってて抜いてたのか。
そんなことにも気が付かないほどメンテ明けを心待ちにしていたんだな。
「毎度あり。最近良く食べてくれて嬉しいよ、またよろしく」
「明日も、楽しみにしています」
ガサガサと袋を持って外に出る。
いつもより少し早い時間なので夕日にもなっていない。
ふと見ると少し先にみずなさん、店員さんが歩いている。
……スタイル……いいんだな……
後ろから見ると、ウエストはすっとしてるのに、ヒップはこう、女性的な魅力が……それにあのバスト……
ふと気がつく。
俺、女性のそういうところに興味があったんだ……
さらに……
非常に下世話な話だが……
その、
高校以来……元気になったことのない場所が、気がついたら、その……
元気になっていた……
その時の俺は耳まで真っ赤になっていたと思う。
弁当のはいった袋で、一生懸命隠しながら、変な歩き方にならないようにそそくさと歩いていた。
恥ずかしさに消えたくなりながらアパートまで戻る。
カンカンカンと誰かが階段を登る音にふと見上げると……
「え……」
なんと、バイトのおねーさんが今二階の廊下に消えて行くところだった。
まじかよ……
俺は気恥ずかしさで急いで部屋に飛び込んだ。
鍵が上手く開けられなくてもたついている間に上の階で扉が開いて閉まる音がする。
「……真上……なの……?」
なんとか扉を開けて部屋に飛び込む。
「ちょ、え……? いろいろ……衝撃的……」
頭が混乱している。
とりあえず冷蔵庫からお茶を取ろうとして、なにもないことに気がつく。
弁当を置いて外の自動販売機にお茶を買いに出る。
少し歩くと、上の階からがちゃんと扉が閉まる音と、カツカツという歩く音が聞こえる。
反射的に俺は部屋へと戻り、そーっと扉の間から外をうかがった。
やっぱりおねーさんが自動販売機で何かを買っていた。
「あぶな……」
……? 何が危ないんだろう。自分でもよくわからない。
まだ、混乱しているみたいだ。
かがんだおねーさんの胸が、膝で潰されて歪む。
「!?」
酷く悪いことをしているような気分になって、急いで扉を閉める。
コップに水道水を注いで一気に飲み干す。
カルキ臭いあまり美味しくない水が、俺に冷静さを取り戻してくれた。
冷静さとは裏腹に、俺の一部はまたも元気いっぱいになっている。
「なんだよこれ、変態かよ俺は……」
自己嫌悪に陥る。
そういう目であのおねーさんを見た自分がひどく汚いもののように思えてしまった。
こんな自分にここ数日だけど、優しくしてくれた人に、そんな汚らしい感情を覚えてしまった……
それが、たまらなく、嫌だった。
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