第8話 いつもの弁当

 ピリリリリリリリ……

 スマートフォンのアラームが朝を知らせる。


 6:00


 毎日の習慣でいつもはアラームが鳴る前に目覚めているが、今日はアラームの音で目を覚ました。

 

「ファーーー……、なんか、体がすっきりしてる……?

 おなかすいたな……」


 今までこんなことはなかった。


 とりあえずはいつもの柔軟を始める。

 いまだに少しひきつれている火傷の痕をゆっくりと伸ばすように、身体の関節をゆっくりと動き出すようにストレッチをしていく。

 これが、俺の習慣だ。

 どうしても事故の後遺症で動きづらい場所がある。

 毎朝これをしないと、どうにも身体がぎくしゃくしてしまう。


「よし、朝食をちゃんと取って、今日もやるぞ」


 頭の中はすでにアラクエでいっぱいだ。

 そして、アラクエは健康なものにしか与えられない。

 身体をきちんとうごかして、きちんと朝食をとって、身を正してゲームと向かい合う。

 なぜか、それが俺にとっての必要な儀式に思えた。


 いつもより少し速足でいつもの総菜屋さんへと向かう。

 この店は朝の5時から年中無休で営業している地元の人気店だ。

 店長さんと奥さんでやっていた店だったが、いつの間にかバイトでたぶん若い人も入っていた。たぶんってのは、昨日初めて顔を見たからだ。

 綺麗な人だったな……

 人の顔を見たのが久しぶりで妙に頭に残っている。


「いらっしゃいませー」


 そんなことを考えながら店に入ると店長の声が迎えてくれる。

 20年近く聞いているその落ち着いた声になんとなく癒される。

 ふと、顔を上げて店長を見てみた。

 他の人の接客をしていたが、清潔な白衣と帽子を身に着けて、なんというか、似てないんだけど、親父を思い出した。

 仕事をしている男の顔ってやつだ。


 いつもの幕の内弁当。日替わりで具が変えられて、いつも一仕事している490円とは思えない凝った弁当だ。

 昨日まではまるで生きるための燃料を流し込むように食べていたが、丁寧に作られた優しい味わいをした絶品であることに気が付けた。

 

 そうだ僕はリフクエで変われたんだ!


 そんな気持ちだった。

 昨日は恥ずかしくていつもと違うもの買うのやめようと思ったが、いざ周りも注意を払ってしまうと、宝の山だった。

 グー……。腹の虫がなってしまう。


 結局いつもの日替わり幕の内にトン汁を追加してしまった。


「毎度あり。味噌汁おいしかったですか?」


「あ、はい。あんなに美味しかったんですね」


 自然と受け答えが出てきた。

 俺の答えに店長はとてもうれしそうに笑ってくれた。

 それが、妙に嬉しかった。


 家に帰り、一息をついて弁当を開く。

 焼き鮭がメインで筑前煮、ポテトサラダ、ごはんには海苔が乗っている。

 ゴクリ。自分の喉が勝手に生唾を飲み込んでいた。


「い、いただきます!」


 俺はむさぼるように弁当にかぶりついてしまった。

 海苔の下に醤油で味付けした鰹節、控えめな味付けをしているので焼き鮭の邪魔をしない。脂のしっかりとのった鮭は少し強めの塩味との相性が抜群でご飯がどんどんなくなってしまう。

 煮物の甘めの味付けが箸休めにちょうどいい。

 ポテトサラダはゆで卵が思ったよりもたくさん混ぜ込んで有り、これだけでもどんぶりぐらい食べられそうなほどに美味しい。

 そして、トン汁だ。具だくさんのトン汁を流し込むと腹の底から体が温まる。

 ゴロゴロとしたたくさんの野菜のなかでも豚がきちんと主張して、豚のうまみを感じさせる。


 食事が、おいしい。


 心からそう感じる。


「ぷはー―――! ごちそうさまでした!」


 気が付いたら俺は手を合わせて大きな声でごちそうさまでしたと言っていた。

 エネルギー摂取のための餌ではない。

『食事』を食べた。

 昨日よりもはるかにそのことを感じる事ができた。


 あまりの充足感に、しばらくぼーーーっとしてしまった。

 ようやくその満腹感が和らいできたので弁当の後片付けをして、シャワーを浴びる。

 買い物が速足だったのと、食事のせいで薄っすらと汗をかいていた。


 火照ったからだから汗を流すシャワーの心地よさが気持ちがいい。

 俺はあまりシャワーを浴びるのが好きではない。

 作業の様に毎日浴びていたが、どうしてもだいぶきれいになっているとはいえ、火傷の跡が目に入り、事故の記憶を断片的に思い出してしまうからだ。

 しかし、今日は驚くほど素直にシャワーが気持ちいと感じて、そして傷を見ても酷いフラッシュバックが起きることもなかった。


 火照ったからだが落ち着いてから、今日もまた俺の人生に


「ダイブ」


 する。

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