第三語り手:古泉一樹

「うわ、何ですかこれ?」 


 声が聞こえた為、部室への扉を開いたわけですが、僕の目の前にいたのは、涼宮さんに背中を押される彼が必死に踏みとどまっている姿でした。

 前方には文化祭で用いた魔法使い衣装に身を包み、頭部全体を覆いつくす被り物をした長門さんらしき人物。

 なにやら涼宮さんがまたも何かを始めたようですね。

 それとも彼も協力してのことなのか…。


「今日は何か特別な日だったように記憶をしていないのですが、何の催しでしょう。長門さんの様子がいつもと違うようですが?」


「ね、古泉くん。有希がとっても面白いことになってるでしょ? あ、そうね、もしかしたらあの子なりに何か呼び出そうとしてるのかも。宇宙人とか?」


 どうでしょう。そうとは考えにくいようにも思いますが、確率を全て捨て去ることができないことも事実。可能性としては充分考えられます。


「そのことだがな古泉。実は俺にもさっぱり状況が理解できない。気づいたらこうなっていた、としか言いようがない」


 なるほど、そういうことでしたか。これは中々に稀なことですが、おそらく、涼宮さんが退屈を紛らわす為に起こしたことなのでしょう。


「つまりあなたが仕組んだことではないと?」


 僕の問いに彼は間違いで万引き疑惑で捕えられたサラリーマンのように手のひらを天にかざしました。


 ということは、やはり涼宮さんの仕業という推論が最も正当に近いのではないでしょうか。


「どうだがな、ハルヒはハルヒで何も知らないようだったし、何かしでかすならこんな回りくどいことはせずに、もっと周りを巻き込むようなとんでもないことをするだろ?まあ驚かせることが目的ってなら、充分威力があるな」


 子どものいたずらを知り尽くしている親のような口ぶりで彼はそう告げる。

 確かに、一理ありますね。これまでの傾向から見てもこの趣向は少しばかり考えにくい。ここは、涼宮さんに直接訪ねてみるのが近道かもしれないですね。


 現空間において最高規模の注目度を誇る彼女の真意をどう受け取ったのか、涼宮さんはカメラを向け「似合ってるわよ有希っ」と夢中で長門さんにシャッターを切り始めていました。


「涼宮さん、長門さんのあの状態はハロウィンの一環ではないと」


「残念ながらそうね、でもその案もありだわ。そうね、そうしましょう!SOS団全員でハロウィンパーティーを開くのよ!うんうんっさすがは古泉くんね」


「お褒めに預かり光栄です」


 涼宮さんは大輪のような笑顔で「みくるちゃんはミイラで古泉くんは吸血鬼が似合うかしら?あ、有希はこのままでバッチリオーケーよっ」と連続でシャッターを切って告げ、


「キョンはゾンビで決定ね、あたしはもちろん王様だからっ」と決めつけたようです。


 やれやれ、という溜息をついた彼は「んー」と二秒くらい額に手を当て思い立ったかのような仕草でこう言いました。


「待て待て、ゾンビってあれか。墓場から出てきてうねうねしながら這いずり回るマヌケ面した土色の怪物のことか?」


「そうよ、地面から何人も這い上がってのそのそ動きながら襲い掛かるのって、そういう類では序盤にでてくるものじゃない。その中でも優秀なのだけが、かぼちゃやランタンのおばけになれるのよ!雑用係は下積みが大事だって教科書で習わなかった?」


「ゾンビに謝れ、あいつらだって精一杯驚かし役を買って出てるんだ。それにだハルヒ、そんな教科書があるなら是非ともみせてほしいし、王様はハロウィンに関係ないだろ」


 全く、ほんとに仲が良いですね。最近は特に、彼と話している時の涼宮さんは憂鬱など微塵も感じさせない飽和状態を維持しています。

 これはお二人の絶対的信頼あってのこと、羨ましい限りです。


「いえ、そうとも言えませんよ。かぼちゃのドレスを来たキングというのも、中々風情がありいいじゃないですか。おっと、この場合はクイーンですが」


「そんなことはどっちでもいい、キングだろうがクイーンだろうがハルヒにいわせりゃ似たようなもんだ」


 ごもっともですね。


「それよりあれだ、今の問題は、あの怪物Xをどうするかってことだ」


「中身は長門さんとわかっているのですから、いっそ怪物Nとでも名付けましょうか?」


トントン


「どうぞ!」


 僕らが被り物のよく似合う長門さんの命名を考え始めた時、次なる来訪者を涼宮さんが迎え入れました。


 十中八九、来訪者は彼女でしょうね。


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