[結城あや的Second Lifeコラム]アバターナルシズム序論

結城あや

アバターナルシズム序論

 仮想空間Second Lifeはアバターを介してコミュニケーションしたりモノ作りを楽しんだりできる世界です(モノ作りに関しては外部の3DCGソフトで制作したものをアップロードできるので必ずしもアバターを介しませんが、インワールドでのモノ作りはアバターを介します)。

 またそのアバター自体を自由にメイキングし、髪形や服装を選択することができます(課金しないでも大量のアイテムが手に入ります!)。

 Second Lifeを始めるとき、システムに用意されたデフォルトアバターから任意に選択しますが、ログインしたあとはそのアバターを自由に編集できますし、まったく別のアバターを手に入れて使うこともできます。多くのユーザーが新しいアバターを手に入れてキャラメイキングし、自分のアバターとしていますし、髪や服も新しいものが出れば競うように手に入れています。ユーザーのあいだでは着せ替えゲームとSecond Lifeを呼んだりする由縁です。

 アバターを自分の分身と感じるのは、その感情の大小はあるにせよ、ユーザーに共通したものと言っていいでしょう。さらに言えば自分のアバターをより可愛く、綺麗に、あるいはカッコ良く作ろうとする意識はナルシズムもあるのではないかと感じます。

 わたしはこれを「アバターナルシズム」と呼ぼうと思います。

 もちろん現実世界のナルシズムとはちょっと違うのですが、自分のアバターが好きだからこそ、着せ替えたり容姿編集でより気に入るものにしたいと思うのでしょう。

 これはアバターの自由度が非常に高いSecond Lifeならではのものだろうと思います。つまり現実世界では成ることのできない理想の容姿、スタイルにSecond Lifeではなれるわけで、そのことがアバターナルシズムにつながるのではないかと考えられるわけです。

 気に入ったアバターに仕上げることができるとログインの率や時間も増える傾向があり、アクティブなユーザーにアバターナルシズムの傾向が強いとも感じています。

 Second Lifeでは複数のアバターをひとつのアカウントで持つことができるので、異性のアバターを作っていることも多く、現実の自分とは違うアバターに自己投影するアバターナルシズムはそういった面からも感じることができます。いえ、ユーザー本人とは異性のアバターの多くに、と言ってもいいかもしれません。

 ユーザー本人とは異性の、というと一般的にはネカマやネナベというイメージがあるでしょう。多くはユーザー本人の性別を偽る形でアバターやキャラクターを動かしています。けれどSecond Lifeにおけるそれはネット一般のネカマ、ネナベとは違うものと考えていいのではないかと思います。というのもユーザー本人の性別を明かした上で異性のアバターを愛用していることが多いからです。ユーザー本人も異性のふりをする、ロールプレイのように異性になりきるということはありません。アバターという外見上異性であるだけなのです。

 そのように言うと一見ユーザー本人はアバターと距離を持って接しているように思われるかもしれませんが、実際は理想の異性をアバターに重ね合わせる心理があるのか、より可愛く、綺麗に、カッコ良くしようとしているように見えます。つまりアバターナルシズムの傾向が強いと考えられるのです。

 つまりアバターナルシズムとは、ユーザー本人と同性であれ異性であれ、その理想を追求する過程で生まれてくるものなのかもしれません。

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