/5 シンデレラ、会敵


『いいか、ハイネ。手前様に荒事の才は無い。だから己が一番適任だ』


 ――情報としては頭に入っていたけれど。これは、知っていても……知っているからこそ心を折られるタイプの標的だ。



「これが――」


 マンハッタン郊外。都心へのアクセスに苦労のない、なんてことのない住宅街。


 が。


 


「――【お菓子の家キャンディーハウス】……!」


 いや。厳密にはこの区画全てが懸賞金ランキングのトップに名を連ねる殺し屋の集団ではない。だからこそ余計に性質タチが悪い。この住宅街で暮らす人々の五割以上は何も知らない――隣人が賞金首であるだなんて思いもしない一般市民だ。その中に、まるで太陽の黒点のようにが紛れ込んでいる。


 ……専業賞金稼ぎは現代のヒーローのように扱われもするが、事実としてあくまで人間だ。


 特撮番組の怪獣のように暴れまわる賞金首はいても、カラーズは宇宙から来た正義の味方ではない。ないので彼らのように街を破壊した場合、無辜の人々を巻き込んだ場合――当然、罪を問われることとなる。


 区画を隔てているのは強固な壁ではなくアスファルトの道路。今も歩行者や車の往来が当たり前に行われている。


 賞金首以外への誤射、その所有物以外の破損はアウト。


 ああ、アレはどこで聞きかじった話だったか。



 ――無害な羊の群れに紛れる、同じ姿をした悪魔が――


「……ヘンゼルくん」


「はい」


 横に立つ少年に確認を取る。事前に集められなかった情報……一番の肝だ。


「妹さん……グレーテルさんの居る家は?」


「ここから二つ目の十字路を右に。そこから道沿いの、三件目のアパートです。同じカタチの建物がくっついていて、その一番奥。ですがハイネさん、」


 三件繋がる家屋の残り二件は一般人です、と注釈をもらった。なんともやりにくい相手だ。


 深呼吸を一回。あらためて、広がる先を見る。


 閑静な住宅街。クリスマスも終わり、装飾を取り外された並木が舗装された道路に連なっている。似たり寄ったりの物件。目を惹くような豪邸は存在せず、住んでいる人々のランクは高めに統一されているが、それ以上の格差はない、ちょっと住んでみたいかも、なんて普段なら思ってしまうくらいには品の良い営みがうかがえる風景だった。


「一応聞いておくけど。敵とそうでないヒトたちの家、見分けは……」


「……ごめんなさい、ボクも全てを把握できてないです」


 ですよね!


 よし。


「じゃあ、最終確認。?」


「――――」


 現在の兄妹仲について詳しく訊いていない。今朝方の襲撃も、正直私を狙ったのかヘンゼルくんを狙ったのかが判別できていない。


 首領の兄が、カラーズであること。


 蓮花寺灰音が、カラーズであること。


 どちらも銃口を向けられる理由にはなる。


 その暴力を『脅し』に使わない【お菓子の家】が一旦退いた理由が、私とヘンゼルくん、どちらを標的としたかで変わってくる。


 私であるのならば、殺しきれなかったから。


 ヘンゼルくんであるのならば――主義を曲げてでも、脅しで済ませる必要があったから。そのくらいの人間味を、彼の妹は残しているということになる。


 ヘンゼルくんは、これくらいの考えを巡らす時間をかけて。


「……グレーテルと近しい人間以外には、割れていないかと。今朝のも警告でしょう。妹が高額賞金首になり、それを止めようとカラーズのライセンスを取ったボクに対しての」


「そっか。ありがとう。じゃあ、いきますか!」


 と、気合を入れたところでお師匠様からのプレゼントを開封する。現場に着いたらってほんとなんなんですかねあのヒトは――――って。


「…………」


「……えっと、が?」


「ハイ。チャイルド=リカーからの選別ですね。が」


 お師匠さま愛用モデルのショットガンでもあれば戦力増強に役立ったのに。


 いや大きさは似てるしグリップもしっかりあるけど!


 ぽとりと落ちる、同封されていたメッセージカードを拾い上げる。そこには、


『手前様は声が小さい。もっと張れ』


 ――と。たいへんありがたい助言が書かれていたのでした。


 ……まあ。あのヒトはアレでいて無駄をしない傾向にある。事実、ある意味ではこの状況に対してショットガンなんかよりもずっと私に必要なものだった。


「ま、ま、せっかくだし使っていきましょう。ヘンゼルくん、二つ目の十字路を右。それから三件目のアパートの隅っこ、だったよね?」


「はい」


 緊張からか言葉少なに頷くヘンゼルくん。良くわかる。私もさっきから緊張しっぱなしで、けれども歪な私は逃げ出したいのに、すごく怖いのに、心臓が跳ね上がることなんてしないのだ。


 プレゼントを持ち上げて、トリガーをしっかり握って、こつんと額にの背を当てる。――このモーションは、レオ様が集中する時に用いるルーティンだ。ほんとう、蓮花寺灰音は色々なものをもらってばかりで、自分というモノが希薄で笑ってしまう。




 ――空想のレールを脳裏に敷く。敷設したのはかつての誰かエキストラではなく、イマの私。



 あの日、私は私を喪った。そして私を貰った。継ぎ接ぎだらけの壊れた内面ふくを、手段で埋めた。


 ――いつか。もう逢えない彼らの失った栄光を取り戻すために。一刻も早く、私がその色を戴くために。


 或いは、弓くんの最期の願いは呪いかもしれない。けれども今の私を動かす以上、それはもう決して棄てられない、唯一自分に残っている、たったひとつの救いだった。



「――そういう蓮花寺わたしに、なれ」


 ――かちり、と零時の長針を押し戻す。魔法は解けない。



 お師匠様に貰ったを構える。息を吸う。





「……高額賞金首【お菓子の家キャンティーハウス】に通告します。こちらはカラーズ、蓮花寺灰音! これより貴方たちの討伐を行います!」


 自分の声とは思えない大音量が、昼下がりの住宅街に響き渡った。びっくり。


「私はで行きます。ヘンゼルくんは予定通りに!」


 何事か、と暢気に歩いていたご夫婦が足を止めるなか、私は駆け出す。


「最短って、ええ!? ハイネさん!?」


 ヘンゼルくんの驚愕を置き去りに、区画を仕切る道路――目的地への舗装されたアスファルトひかるいしではなく、真正面にある住宅の窓をぶち破って中へ侵入する。


 ――そして、シンデレラは今回のミッション、まず最初の相手と会敵エンゲージした。


 無関係なヒトの所有する物への器物損壊は余程のことでもないと罰則。すごくマイルドな言い方だが、ブラック先生はソレのやり過ぎだ。けれど今は当てはまらない。迎撃の準備が整いつつあった屋内には2。不意を打って一発ずつ。右手のベレッタで無駄なく仕留める。


 賞金首の所有物なら、外部に被害が出ない限りは罪に問われない。カラーズの持つ、自身の行為に対する特権だ。


 その情報精度に舌を巻く。道路を行くなら200mと曲がって少し。敵とそうでない人間の区別がつかない以上、その走破にかかる時間は五分あっても足りない。これならだ。


『さぁハイネ。ここが最前線フロントラインだぜ』


 まったくお師匠様は悪人だ。数々の酷い仕打ちに感謝する。


 銃をホルスターに突っ込み、リビングの端に置かれていたソレを掴んで対角の窓へ。椅子をぶん投げて割り、私は吹き込む風を階段に、空へと舞い上がった。


 ひゅいん、と高く轟く走空音。<スカイラウド>シリーズか。モデルはなんだろ。まあ良い。私には関係ないし、一流のFPライダーには程遠いし。今だけ、カカシくんとドロシーちゃんに教わった分だけの、自分の走りができれば良い。


 建ち並ぶ家々の屋根の高さをあっという間に追い越して、ボードを掴んでしゃがみ込む。反転。街並みが上になる。への字の軌道で吐き出される光の粉。逆さまのヘンゼルくんがこっちを見上げながら走っていた。下降中にもう半回転。視界が戻る。空からの襲撃に備えていないこともないだろうが、私がという意識はなかっただろう。なにせ蓮花寺灰音は賞金稼ぎ行為においてFPボードを使ったことが、のだから。


「――三件続きのアパート、一番端っこ、アレか……!」


 200mの直線距離を0にする。お行儀良く迎撃準備万端の、敵味方の判別が付かない道路を走破する気なんてさらさらなかったのです。


 タイミングを間違えるな。良くて骨折。完全ミスで潰れたカエルみたいな蓮花寺になるぞ、私。まったく、あの二人はどうして飛行症候群ピーターパンシンドロームなどと呼ばれているのだろう。未だ空に魅せられるほどではなく、手段としてFPに乗る私には遠い感覚でもわかる。何がどうしたら、その翼を自ら手放すという発想ができるのだろう、と。


 いち、にの、さんで目標――グレーテルのお家の、二階の窓へ向けて<スカイラウド>シリーズのモデルなにがしが快音を響かせ突入した。


 強襲がウリの一つである殺し屋集団はその急襲に泡を食って二階に上がる。どれがグレーテルさんなのだろう。あの中にはいない、かな?


 と、私は中をチラ見して頭を引っ込めた。


 あーおっかなかった!


 突入したのはボードだけだ。蹴り出すことにより制動をかけ、レンガ造りの壁にちょっとハードな着地。二階分の高さなら室外機などのとっかかりを使い、二回に分ければダメージなく地面に降りられる。これをなぜかビルの最上階から路上まで行うブラック先生はやっぱり人外だなー、などと思いつつ。そういえばレオ様とマッドハッター、さん? もいつかのロンドンでその不意打ちを食らったって言ってたし。


 呼吸を整える。視界は広く、思考を回す。


 私に荒事の才能はない。ブラック先生のような持って生まれた身体能力も、弓くんみたいな身体能力も、カカシくんのように空に愛される何かもない。あるのはビビリなくせにちっとも連動しない心と卒業単位がギリな脳みそ。それとちょっと引き締まってきて女子高生的に危うさを覚える筋肉。


 それだけあれば、或いはこの身に届くだろう――そんな、私に地獄を見せ続けた<最強>の在り方が今の私を動かし続ける。壁を背にして向かい側。道路と並木の隙間から覗く、泡を食って窓を開いた姿。武装確認、いち、にの、さん。


 響く銃声。斃れる賞金首。奥で駆け寄るもう一人。あと1m。いま。


 パン、パン、パン。クリア。左右確認。そろそろ気づくかな? 銃口を真上に。乗り手がいないボードの突入。割れた窓から身を乗り出した、これも賞金首で確定。下を見る。目が合う。パン。クリア。マガジン交換。


 ここまでで二分。全力疾走したなら妨害込みでヘンゼルくんはそろそろ正面に回っているだろう。スピーカーを捨てて、コールをかける。ごめんなさいお師匠様。あとで回収しますので。


『ハイネさん!?』


「はい。いま、目標裏手です。よいしょ、っと。ヘンゼルくんは、んしょっ。表に回りました、かっ?」


『は、はい。市民が電話したみたいで、警察が入るみたいです。今は野次馬に紛れてます』


「ふぅ、しょっ。了解しました。挟み撃ちにします。合図で突入、いけますか」


『…………はい。大丈夫です』


「では、電話を切ったところからスリーカウントで。ご武運をグッドラック


『ハイネさんもお気をつけて』


 通話を切る。


 さん、にい、いち。


 ガラスをローファーが踏みつけてミシリと軋む。バタン、とドアが開く音。






 ――きっかりそれから三秒後。今朝方聞いたばかりの手榴弾の爆発音がリビングに轟いた。


 念には念を。日本の花火が少し恋しくなるリズムで二回、三回と投げ込まれたので爆発でアパート全体が揺れた。



 /



 開放的になった窓から煙が抜け出す。


 無惨な有様になったリビングに転がる死体は二つ。


 その検分をしようとしたところ、パン、パン、パンと。


「がっ、」「うぁっ!?」


 踏み込んできた三人の内、二人を仕留めて残りの一人の腕を撃って、クリア。


「……どう、して」


 片手を押さえ蹲るヘンゼルが蓮花寺灰音を見上げている。


 二人の距離は、高さにして3mほどあった。


 いずれ『緑』を約束された少女は、傷ついたような表情で、無傷なままの顔を向けて、、答える。




「通告したでしょう。【お菓子の家キャンディーハウス】の討伐を行いますって。ヘンゼルくん――いえ、



「……いつから、バレてたんですか……?」


「それは今、かな。貴女が部下と一緒に来なければ。疑問を持ったのであれば出逢った時に。おかしいなーって思ったんだよね」


 ――それは、蓮花寺灰音という少女の機構こころを知らなければどうしようもない、あまりにもプライベートな欠陥。


「私、んです。ヘンゼルくんみたいなパッと見草食系の美少年とか一発でキャーキャー言うんですよ。でもソレがなかったから、あっこれは男装女子だぞ! ってなりまして。へへ」


 それはそれで大好物なんですけど、と頬を掻く少女の――あまりに状況とかけ離れたその表情にヘンゼル――グレーテルは腕から流れる血液が温度を失ったような怖気を覚えた。


 カラーズの【白】。<最強>チャイルド=リカーの弟子。日本で学生の籍を持ったまま賞金稼ぎ行為に勤しむカラーズ。依頼を受けてからこの瞬間まで殺せなかった標的。カフェでの襲撃に対しての反応速度。偽りとはいえコンビを組んで、何度もあった筈の隙。それをどうして、ただの一度も突けなかったのか――


 考えるほどに印象がわからなくなる。人物像にピントを合わせれば合わせるほどにぼやけていく錯覚。思えばこんなに鮮烈な少女をどうして、同行し、横を歩く間にのか。


「ともあれ、貴女に首輪をかけます。降伏を、グレーテルさん」


 所作の中、照準が眉間に合わさったまま微動だにしなかった銃口。引き金にかかる指。



「――


 響くサイレンの音。勝敗はここに決した。

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