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 特に問題もなければ賞賛することもない味のミルクティーとスコーンを平らげ、スマホでそう熱心にでもなく情報を集めていると、今回のコンビ……ヘンゼルくんが合流した。


「あれ、もしかして待たせてしまいましたか?」


「あっ、ううん。予定が繰り上がって、っていうか突発的送迎があったっていうか。思ったより早く着いちゃったんです。どうぞどうぞ」


 テーブルの向かいの椅子を促すと、ヘンゼルくんは目礼をしてから着席した。ううん、礼儀正しいぞ。


「……今回は、その。本当にありがとうございます、ハイネさん」


「いえいえこちらこそ。殺意高めの賞金首はやっぱり一人だとツラいものがあるのは私もだし」


 というわけで確認事項。


「――で。どうしてなんですか? そりゃ私はお師匠さまの弟子で絶賛、富と名声の獲得をモットーにしているわけだけども。【お菓子の家キャンディーハウス】は犯行の過激さはもとよりその討伐難度の高さからあのお値段なワケじゃないですか。もっと堅実に、助っ人なら大勢で組んで討伐に当たるのがベストだとは、思うのです」


 そう。懸賞金の分配割合を度外視するなら――度外視してでも事に当たるべき相手だ。特にであるならば尚更に。


『トビラ』というのはカラーズの用語で『生死問わずデッド・オア・アライブ』の賞金首のことを指す。


「はい。その、甘いとは思っているんですが……相手がトビラだからこそ、他の賞金稼ぎを頼れなくて。ボクはグレーテルを……妹を、殺したくないんです。ハイネさん――貴女は、ボクの知るカラーズの中で一番腕の立つ、賞金稼ぎだ」


 だから蓮花寺灰音を頼った、と少年は依頼の動機を口にした。


「んーーーー、と。訂正しておくけれど」


 うん。


「確かに私は今まで捕まえた賞金首を一人も殺してないけど、それは別にそういう主義だとかじゃないんだ。だからその、ヘンゼルくんがしてくれた評価の前に『』っていう文字が入るよ」


 そう。必要に駆られれば私だって相手を殺害してでも止めることはあるだろう。今までたまたま、運よく殺さずに事を済ませてきただけだ。或いは、その必要性の無い相手を見繕みつくろってきただけだ。確かに私の手は汚れていないけれども――私はかつて、自分の手を一切、結果としてミリオンダラーの一角を全滅させたのだから。


 そんな私の言葉に何を思っただろう。ヘンゼルくんは少しの間、目を伏せて。それから再び私の顔を見て言った。


「……ボクが。ボクがカラーズのライセンスを取ったのは、妹のためです」


 その言葉に嘘はない。


「だから、ヘンゼルはこのライセンスに懸けて、貴女が妹に――グレーテルの仲間に手をかける……そんな状況にならないように戦います」


 ……慢心、なんてしている余裕はなかったはずなのに。やっぱりどこか、私は現在の自分の位置を見誤っていたのだろう。


 そう。今回の話を持ちかけてきたこの少年もまた専業賞金稼ぎなのだ。ただただ賞金首の討伐を依頼してきたお客さんでもなんでもない。


 一緒に最前線に立ち、命のやり取りをする、ビジネスライクではあってもで生計を立てる、この現代で最も世界を賑わせる職業に就いている同業者だった。


「ごめんなさい。あらためてよろしくお願いします、ヘンゼルくん」


 はい、と微笑む少年に、私も同じように笑った。


「ところでその、ハイネさん。ソレは?」


 と、椅子の横に立てていたプレゼントボックスを見遣ってヘンゼルくん。


「ああ、これは……お師匠さまに貰いまして」


 うん、これから色々あるというのにこの装丁は不似合いにも程がある。誕生日でもクリスマスでもないというのに。


「お師匠さま……チャイルド=リカーですか」


「うん。ヘンゼルくんの将来のために言っておくと、あのヒトとは関わるべきじゃないですよ。これだってなんか、こんな包装までしてあるクセに『現場で開けろ』とか言うんです」


 まあちょっとした重さがあるし、銃器の類だろうか。でも出したての銃をその場で十全に使いこなせ、とかあるかなぁ……ありそうだなあ……よくわかんない抜き打ちテストっぽく。


「ま、ま。コレのことは置いとこう。ヘンゼルくん、【お菓子の家】についての情報をお願いします」


「はい。あ、そういえば此処から移動を?」


「いえ、此処で構わないです」


 その懸念の表情もわかる。自分達のお仕事について、こんな衆人の目と耳がある場所で、大声ではないとしても大っぴらに話し合っても良いものなのか、と。でもこれはこれできちんと意味があったりもする。


 このカフェはガラス壁のせいでこうやって客席が丸見えだけど、おかげで店内から外の風景だって丸わかりだし。生まれ故郷の日本は別格だけれど、何かと用のある区画だから土地勘だってはたらく。信号がすぐ近くにあるので車と人の流れは基本的にリズムがあって、ふと視線を投げた外に、店の前で急停止したワゴンから春先のタケノコのようにずらずらと銃口が出てきて一斉掃射。ヘンゼルくんは飲みかけだったけどアイスティー代は後で払おうと思いつつテーブルを倒して盾にする。弾けるガラスとドラムロールのような銃声の連続。床に座ったまま最後に見た映像を検分する。右車線、つまり。日本車でもイギリス車でもないからハンドルは左。助手席含めて窓から出た銃口は三つ。つまり運転手含めて最低四人。ひどくおっかない。私は右手でスマホを取り出しショートカットを繋いである連絡先をタップ。これは四番目の番号だ。見なくても正確にコールをかけられるようになったのは練習の賜物たまものと言えるでしょう。さておき聞こえる銃声が三重奏から二重奏へと厚みを減らす。その場合は、えっと。こっちはまだ反撃できないしうっかり顔を出そうものなら蜂の巣まったなし。手榴弾みたいに投擲できるモノがあれば良かったけれどあいにくと持ち歩いていないし、一人が銃を止めた理由はつまり、


「はっ、ハイネさん……!」


「はわわわわヘンゼルくん! 一応確認だけどこれが!?」


「お菓子の家で間違いないですっていうかハイネさん!!!」


 放られてころりと私の足元に転がる灰色の小さなパイナップル。今私が「あれば良いなあ」なんて思っていた手榴弾だった。


 テーブルに隠れたまま投げて返す。


「!?」


 ばん、という炸裂音。銃声は止まった。


「ヘンゼルくんは隠れてて!」


 基本、この距離で手榴弾を投げる場合は転がってから三秒くらいの余裕がある。それより長いと逃げられるし、短いと下手したら自分が巻き込まれる。つまり三秒以内で投げ返せればなんとかなるのだ、とどうしようもない教えが生きた結果である。


 弓くんのパーカーを翻らせて転がり出る。爆発で上がった煙で遮られる視界はけれどもそこまで隠蔽率が高いとは言えない。角度が甘かったか、車に返球直撃とはいかなかったみたいだ。腰から抜いた拳銃を構える。――瞬間。ライセンスを取った時ではなく、私が確かにカラーズとして生きることを自覚したエピソードを不意に思い出した。レオ様に借りたレイジングブルはずしりと重く、今握っているベレッタよりも圧倒的な破壊力を持っていた。――感傷に浸る思考を隅に置く。窓は防弾の可能性がある。車体そのものはそもそもベレッタの9mm弾で撃ち抜けるものではない。狙うのならタイヤ。祈りを込めて引き金を連続して引く。ばん、ばん、ばんと先ほどよりはささやかな銃声で右側の前輪、後輪ともを撃った。スマホのコールが繋がったかさえ確認せず、私はそのまま、客観的に見ればワゴンに向かって叫ぶように声を張り上げた。


です! 応援を――!」


 ワゴンが走り出す。さすが、というべきか【お菓子の家キャンディーハウス】は暴力に酔っている類の賞金首ではない。


 獲物がトップの兄――ヘンゼルくんだとして、この場で仕留め切れなかった場合のデメリットを理解しているからこその逃走。よほどお金があるのか、タイヤも防弾らしい。パンクさせられなかったのは残念だったけれども、先ず最初の窮地を免れたので良しとする。


「……ごめんなさい、足止め無理でした。車種はなんとも、よくある改造されてるワゴンです。色は薄めの黒。はい、はい。お疲れさまです。えっ私ですか? あー、ははは。いつもどおり、ということで。あ、お師匠さまは今回いないですごめんなさい。ご迷惑おかけします」


 ショートカットの四番目。世界警察本部警部への直通ナンバーだ。私はブラック先生のように人体で車を追いかける、なんて人外プレイはできないのでここで一旦おしまいだ。


 そうそう、さっきの続き。


 世界警察の本部から道一本にある、このカフェなら有事の際にこうやって応援を速やかに頼めるし、今回みたいにその立地で事を起こす手合いかどうかを推し量れる。


「そうだ! ヘンゼルくん無事!?」


 振り返れば大惨事である。開放感が八割増ししたカフェから、私を見る目の色が若干変わっているようなコンビの少年が姿を現した。


「な、なんとか。えっと、その、ハイネさん……これからどうしますか」


「はい」


 そう、今後の予定というやつだ。打ち合わせも途中だったし。でもわかったことがある。


「これから本拠地に奇襲をかけます」


「え」


「彼らの狙いはヘンゼルくん、ですよね? アジト、知ってるでしょ」


 は、はい。とこくこく頷くヘンゼルくん。


「じゃあ案内してください。到着までに話は詰めちゃえばいいかなって」


 奇襲には奇襲を。機で言うのなら、こういう時の鉄則は『来るはずの無いと相手が思っているタイミング』で仕掛けるのがベストだからだ。


「で、でもハイネさん! 武装は!?」


「……お師匠さまの教えがありまして」


 確かに私のベレッタが二挺だけでは心もとなさがひどい。すす汚れたあのプレゼントの中身がショットガンとかだったらいいなーと思いつつ。


「人間っていうのは、どんな道具を使っても殺せる生き物です」


 感想を聞くまでも無い。この台詞を吐いた時の私は、菩薩めいた悟りの――あるいは諦観の極致にあるような笑みを浮かべていただろう。





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