/2 シンデレラの伝言
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自らの存在を隠蔽しようともしない、昼夜問わず正々堂々時々こっそり行われる殺人事件。首謀者が不明であっても下手人はすぐに見当がつく。構成メンバーがそれぞれ得意とする凶器は千差万別で、けれど【お菓子の家】が手を下した事件には必ず、自らの存在を誇示する物品が現場に遺されているのだとか。
「……ひとかけらのパン、かあ」
むぐむぐと咀嚼していたサンドイッチを飲み込んで、量産品のカップに入っている紅茶を一口。
――カカシくんが淹れてくれた紅茶はとても美味しかったなあ、などと思い出す。元々が一般庶民のそれである蓮花寺灰音の味覚からしても「ほぅ」と息を吐いてしまうような味わいだった。チャイルド=リカーの弟子となってからは半ば強制的に高級志向の料理をうんと口に入れることになって、紅茶ひとつ取っても様々な違いがあることを理解できるように教育されてしまった私はけれど、同時にもう一人の先生からちょくちょくファストフードやら何やらを一緒に食べる機会にも恵まれていて、なんでも美味しく食べられるようになっていた。ううん、あの人たちは私をどんな風に仕上げたいのだろうか、と他人事のように思いつつ――脱線。ともあれ『違いのわかる女』蓮花寺灰音は、だからこそ何気なくあの少年が淹れてくれた一杯に、どれほどの歩みが集約されていたのかを知ることとなったのだ。
おそらくは、一緒にいる中に欠かさず在り続けたその時間。幼い頃からずっと積み重ねてきたその錬度。こんなのは教えてあげることの方が無粋というもので、そのおこぼれに
――あの紅茶の味は、ただただドロシーちゃんに美味しいと思って欲しいと、自分の願望を口にしない彼の、言葉ではないアプローチで培われた紛れもない努力の結晶だ。……本物の名画が、それを見る者のセンスや教養や審美眼、そういったあらゆるモノを必要とせずに万人の心を打つ存在であることと似ている。
いつかそれを、彼の口から打ち明ける日が来るのだろうか。あるいは彼女の方が、そこに込められた想いに気づく日が来るのだろうか。今の私は単純で、そんな日が来れば良いと思うからこうしているし、自分のことを省みると弱虫な私はまた泣きそうになってしまうけれど、だからこそこう思える。
やっぱりダメだよ。うん、ダメだ。きちんと生きているのにもう逢えないは、ダメだと思う。
「……よし」
私は立ち止まっていられる身分ではない。一刻も早く事を成し遂げないとならない。それでも私が頼まれたことは捨て置いてはおけない。
かくして臨時のお仕事パートナー、ヘンゼルくんにはお互いの準備も兼ねて一日待ってもらい、私は足の先を今世紀最大のブラックボックスへと向ける。
アメリカ西海岸の一角に敷かれた平等社会の澱。廃棄された自由の残滓、エメラルド・エリュシオン。
今は世を捨てた【魔法使い】とその孫たちが暮らしている、スラム街の名前だ。
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久しぶりに会った彼は、あの頃よりもずっと背が伸びていた。
感情が表情に出やすい私は意識して喜怒哀楽を押し殺す。
「私も忙しいんだ、だから手短に済ますね」
深呼吸を一回。私を見つめる目は六つ。そのどれもが、同じ色をしていた。顔を上げた時に、その老人はそっと視線を私から切り、残る二人は顔と髪がそっくりで、残りはそれぞれに違っているというところ。そういえば、双子だったとか言ってたっけか。
「ドロシーちゃんが『今度大会に出るからそこで見ていて』だって。伝言はこれで終わり」
会いに来て、でもなく見に来て、でもない。今のドロシーちゃんがどんな髪型をしているのかさえ、君はおそらくわかっていないんだろう。
「……そっか。ありがとう、ハイネ」
それを私に聞くことすらせずに目を伏せるカカシくん。ふたりの間に何があったのかなんて、私が入り込むような問題ではないし、いまこうして離れていることにもやっぱり、様々な理由があるんだろう。それでも。それでもだ。
お節介を焼いている場合ではない。言った通りに、私は私で忙しい。でも一言言わなければとてもやってなんかいられなかった。
「――君は、もっと格好良いと思ってたのに」
踵を返す。何か言いかけたようなカカシくんを無視して彼らの家を後にする。
それから逃げるように駆け出して、登録したての番号にコールをする。
「ごめんなさい、お待たせしました。もう私の方の用事は済んだのでいつでも良いよ、ヘンゼルくん」
心苦しいと言えば、そう。
凹んだアルミのコップに入った、カレンという名の少女が用意してくれた紅茶に手を付ける事もせずに出てきてしまったこと。私もまだまだ幼いらしい。
「えっ? ううん、なんでもありません。大丈夫です。――それじゃあ、詳細の詰めは落ち合った後で。よろしくお願いします」
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