エンゲージ・シンデレラ

ヘンゼルとグレーテル

/1 Ash



 ――――借り物、お下がり、試供品。私を飾るきらびやか。その殆どが誰かのモノ。だから私にできる最初のことは、だった。




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 十七歳になったその年に覚えた一番の感情は『焦り』だった。命短し恋せよ乙女、などとロマンチックな感じではなくもっと切実に。逼迫ひっぱくした現在と未来への展望から、私はもっと駆け足にならなければならない、と自覚したのだ。


 ……単位の取得とか、卒業へ向けての危うさ、とか。そういうのは相変わらずに生活に付きまとってきていたけれど、それらへの不安はいっそ現実逃避気味なほどにヌルい。


 師であるチャイルド=リカーが設けた『期限』まであと一年。それまでに私は私を鍛え上げ、私のためだけに空席を保たれているその『色』まで到達しなければならない。


 ならない、のに。


 私を取り巻く世の中は、私の受けたものと同質の衝撃を、人の分だけ集めて同時に揺るがした。ひとつひとつは小さな足踏みであっても、大勢で行えば地鳴りへと変貌するように。ごく少数で世間を動かすことの出来るたった一握りの人物たちのその報は、驚きで世界を染め上げたのだった。



 ――ミリオンダラーの二番【大強盗】、ならびに六番【役者】の事実上の『壊滅』による空席。悲喜交々ひきこもごもとはこういう時に使うのだろう。


 彼らの活動に魅せられた誰かも。彼らの行いに迷惑していた誰かも。――彼らに救われただれかも。そうした数々の声に彩られたニュースは世界中を駆け巡り、各地で様々な波紋を呼んだ。株価やその他の変動やらはさしてこの身には関係なく、ただただその事実に打ちひしがれていた。


 私が『緑』になる前に。その意味を失ってしまう。


 壊滅。


 そのたったの二文字は字面の硬質さとは違い、とてもふんわりしていた。


 みんなは――0Zのみんなは無事なのだろうか。私は四人の安否を確かめるために連絡を入れ、言葉を無くしてしまった。


 賞金首を何人も捕まえてきた。暴力による事件の解決に、慣れきったわけではないまでも、それを日常とする自分と乖離はしなくなっていた。なのに、知己のたったひとり。たったひとりの不在が、こんなにも私を打ちのめす。



 ――それは、駄目だろう。駄目だよ、カカシくん。他と優劣を付けられるような天秤の担い手ではない。でも、君はいなくなっちゃいけない人なのに。



 視界がいろを失っている。授業も言葉も耳を素通りしていく日々の中で、やがて私は誰にも祝われたくだなんてない、およそ唯一の誕生日を迎えて、十八歳になった。



 大事なものの欠けた、灰色で音のない日常。


 それに色を添えてくれるのは、いつだって彼女の言葉だった。



「うん、今アメリカだよ。えっ? ……うん、うん」


 電話越し、どこか悲壮な決意を滲ませた声色で、ドロシーちゃんは私に、なんてことのないお願いをしてきた。


「――うん。わかった、任せて」


 時計まほうを十二時前で止めるように。私は私を再起させる。


 いつもの服。いつもの靴。いつもの上着。私は私を整えて、もうこの二年ですっかり通い慣れた施設へ向かう。


 専業賞金稼ぎ連合協会。カラーズたちは略して【協会】とだけ呼んでいる、そのアメリカに数箇所ある内の総本山。NYアメリカ本部の自動ドアが私を迎え入れた。


「おはようございます、ミス・レンゲジ。本日はどういったご用件でしょうか」


 顔見知りになった、フロントの受付嬢と挨拶を交わす。笑顔は、返せなかった。


「高額賞金首の最新リストを。地域は問わずにお願いします」


 さほど時間を要さずに渡されたタブレットをスクロールさせる。


 手段は選ぶ必要があり、標的も選ばなければならない。歩みを止めていた怠惰な時間を恨めしく思う。私のような凡人は、期限の定められた目標に辿り着くために形振なりふりなんて構っていられなかったというのに。


 広域銀行強盗グループ。

 テロ活動代行サービス。

 衆人煽動請負業者。

 etc、etc……


 世の中の悪辣さが目に見えるカタチでリストアップされていることに、なんとも言えない時代だなあ、なんて胡乱うろんに考えながらその一通りの名前と犯罪ジャンル、規模と賞金額を頭に入れていく。


 そんな中。


「あ、あの……ハイネ=レンゲージさん、ですよね?」


 おそるおそる、といった感じにどことなく親近感を覚える声がかけられた。


 視線をタブレットから上げると、そこには私と同い年か、それよりも少し低い印象を受ける、スーツ姿の少年がいた。身長も私と同じくらいで、男の子にしては低い部類だろう。声は男の子にしては高く、外見から勝手に『楽団』をイメージしてしまったり。


「はい。蓮花寺れんげじ灰音ハイネです。貴方は……?」


「あっ、申し訳ありません……!」


 一歩引いて頭を下げる。灰がかった黒髪グレイアッシュの少年は、ひどく日本人的な仕草の後でこう言った。


「ぼ、ボクはヘンゼルっていいます。一応、カラーズです」


 いないわけではない。カラーズには私と同年代やもっと若い子たちもいる。今でもその名前を思い浮かべるだけでこの胸は軋んでしまうけれど……弓くんは、私がライセンスを取った時よりもずっと若くしてカラーズとなったはずだ。たしか、最年少のレコードを持っている。


 そんな、自分を含めても年若いとされる年代のカラーズの、私をしてこのヘンゼルと名乗る少年は、少しに欠けて見えた。抽象的なたとえだけれどがあまりしない。


 ……まあ、私も人のことを言えた身では決してないのだけれど。


「えっと、それで私に何か……?」


『色つき』でもなし。というか今まさにそれを目標に駆け出さなければならない私に、まさかサインをねだるとかはあるまい。


 深呼吸を一回。ヘンゼルくんは意を決したようにこう言った。


「ボクとコンビを組んでいただけないでしょうか……!」



 ――これが始まり。そして私が<シンデレラ>になるまでに行った最後の賞金稼ぎ行為。



「……ボクの妹――グレーテルを、止めて欲しいんです」



 リストの上段に記された、殺し屋の一団。【お菓子の家キャンディーハウス】討伐への共闘依頼だった。


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