/6 OneDollar Romance


『箱の中』を連想する部屋だった。地下一階に設けられたその空間に窓はなく、床も壁も天井も黒一色で統一されている。蛍光灯はあるにはあるが点灯するのはこの部屋に入った時だけで、の間はこのようにスイッチを切られて光を発することなく沈黙している。


 部屋の中にあるのはたった一台のパソコンと、それを扱うためのデスク周りだけ。パソコンの本体はネットワークに繋がることはなく、この部屋と同じように単一の作業をするためだけに存在していた。


 本体の電源ボタンに搭載されたLED、それからモニタの発するものだけが、この部屋の中にある確かな光だった。


 カチカチ、カタカタ。


 ――“私室というのはその個人の心象である”とは誰の言葉だったろうか。はそれこそが真実であると信じるほど熱心ではなく、けれども否定するほどの感触もなく受け入れている。


 箱の中。では何の箱だろう……ああ。現代でも広く世界中に普及していて、知らない者はいないのにその原典はとっくに絶滅し、仕組みは最先端のものに取って代わられている、今となっては『かつて』と頭に付くモノがとても近しい。


 ピンホール越しに見つめ、


 パソコンのモニタには、幾つかのツールが並列で起動し、ある作業を行っている。


 全体シーン。一時停止。シーンカット。暗転部分の作成。カットしたシーンの接合。


 ――有体に言えば。それは動画の編集そのものだった。


 ウィル=シェイクスピアはそうして幾つもの『映画』を仕上げ、かつて世に放ってきた劇場型犯罪者――ミリオンダラーの六番【役者】としてのライフワークに没頭している。


 けれどもが作品のていを成したとしても、もう世の中に発信されることはない。あくまでも享楽ではなく自身の人生における、外せない事柄だから続けているだけ。


 おそらくは完成した動画を、この後の確認以外では自分で観ることさえもないのだろう。


 シミュレーテッドリアリティ世界は誰かのつくりもの、などとは思ってはいない。けれども彼には、この世界がとても曖昧な輪郭をして映っていた。


『この物語はフィクションであり……』そう最後のクレジットに記載される定型分。その、次元をひとつ落として映った世界の方に、しっかりと――そう。四角く枠を取られてスクリーンをはじめとした何かしらの媒体に投射される映像の方が彼にとってはどうしてか現実的に認識できた、というだけの話だ。


 まあ、かつて彼の行った犯罪は現実の様々な個人、団体、名称に関係し、時にその名誉も傷つけてもいたりしたけれど。


 今回録画していた一連の騒動の目的を、自らが演じた賞金稼ぎランスロットが問うシーンで、作業の手が止まる。


「……手の抜き方を教えるのは下手ですもんね、先輩は」


【Mr.ジャスティス】サクライ世界警察本部警部を良く思わない人種の数は多い。多くの犯罪者、賞金首は彼を恐れ……同時に疎ましく思っている。とても解かりやすい感情だ。、というヤツだ。


 同様の感情を向けられている先には『色つき』を筆頭とした賞金稼ぎたちもいる。犯罪者の多くは悪意的に犯行を行う。そして困った事に、悪意というのは


 ヒトは成果を欲する生き物だ、と彼は思っている。その味が良いものでも悪いものでも、善意よりも悪意の方が成果が出やすい、とも。



 ぎし、とデスクチェアの背もたれを軋ませて暗い部屋の天井を仰ぐ。


「……抜きすぎても効果は生まれず、精力的に動いてもこういった事態と遭遇する。なるほど――最後に選んだアクトらしい難しさだな、これは」



 ――つまり。今回の事件はフラワーショップの店員に落ち度があったわけではなく。サクライ警部の副官……つまりは自分に向けられた関節的な悪意だったということだ。


 ウィル警部補が何かしらの事件に巻き込まれ、あわよくば失墜する事態を招けば、そのダメージはサクライ警部にも繋がる。彼女は彼と関係を――関係未満とさえ言える僅かな繋がりを狙われた、ということだ。


「『正義の味方』というのも、楽ではない……か」


 反省する。あまりにも警部補としての自分が――そう見せておきながら、実際のところは他者と関係を持たない生活ロールを演じていたことを。そして、他にするロールはあの日に全て降りてしまったが故に、らしくなく頑張ってしまっていたことを。


 おそらく決定打――ウィル警部補が『只者では無い』と認識されてしまったのはあの、再び空に虹がかかった出来事だろう。


 まったく、と息を吐いて笑う。端役エキストラに徹することの難しさたるや、自身が主役エクストラを張っていた頃には考え付きもしなかった、と。


 カーソルが動き、かちりとクリック。状況を保存し、ツールが閉じる。



 /


「お疲れさまでーす。先輩、記念日どうでした?」


「お疲れさん。気持ち悪いな貴様。俺のことよりそっちはどうなんだ」


「うへ、きっついなーもー! 。というわけではいどうぞ! 可愛い後輩からの贈り物です!」


「…………。はあ。ウィル、女性に贈るという機会ができたら、貴様もう少し気が利いた物を選べ。タイミングも重要だからな」


「えぇー……自分かなり悩んだんですけどォ!? こう、重たすぎず残りすぎず、気持ちが伝わりつつも相手が受け取りやすいカンジ。ついでに言うと懐も痛まない、正にベストチョイスだと思ってたんですが!」


「……ま、貴様にはまず相手から、というところだな。浮ついた話のひとつでも持ってきたらどうだ」


「妻帯者の余裕が痛ァい! クソ、見てろよサクライ閣下。その内マジで驚かせてやりますからね……!」




 /


「あ、どうも」


「こんばんわ。今日は少し早いですね」


「やー、残業なんて無いに限りますね! ところでもう大丈夫ですか?」


「はい。……事件っていうのはどこか遠くて、自分には関係ないって思ってたんですけど、こんな時代です。巻き込まれることも、あるんだなーって、ちょっと怖くなります、けど」


「思い出させてしまったみたいで申し訳無い。……けど?」


「それに怯えて引き篭もっていても毎日は過ぎちゃって、お金は稼がないといけないじゃないですか。というわけで私を助けると思ってお買い上げいただけないかなー、なんて」


「……逞しいなあ! 給料日なので貢献します! じゃあ、これください」


「ふふ、ありがとうございまーす」


「貢献したのでアドバイスなど頂けないですかね? 最近上司が五月蝿いんですよ。浮ついた話のひとつでも持ってこないのかって」


「ふむふむ? 詳しくどうぞ」


 公開されることは無い、気まぐれに作られたお蔵入り作品。元千両役者ミリオンダラーの物語としてはあまりにも小さなそれ。


「なーるほど! では当店のこちらを持ってアプローチすると良いと思います。どれでも1ドルなので小道具には最適ですよ?」


「……こう、言葉選びなどは?」


「そこは自分で考えてください」





「……今度の休みを自分にくれませんか? 観たい映画がラブロマンスでして。内容的に一人だと入りにくくて」


「あ、私もそれ気になってました。ふふ、良いですよ」




 そのラベルに、タイトルを記すのであれば。






 /後日談『ワンダラー・ロマンス』 完

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