/5 破格の端役
ごとん、と重苦しい音と共に彼女は下ろされた。視界は目隠しで閉ざされ、口と両足にはガムテープ、両手は布で後ろに縛られていたのでその気があろうと一切の抵抗を許されない。
――どうしてこうなったのだろう。どうして私が。
思い当たる節が全くなかった。
生まれてこの方、悪事に手を染めたことなど一度もなく。親元を離れはしていても生家に借金の類も自分が知る限り存在せず。かといって身代金目当てで狙われるほど裕福な家の生まれでもない。……誰かの恨みを買ったことも、おそらくはないはずだ。こんな、命を脅かされるほどの値打ちで怨恨の種を売りに出した覚えなんて、彼女には無かった。
ここは、どこなのだろう。扉が開いた感じはした。重い鉄を滑らす音。響いた靴音は密閉空間だが広いことを窺わせる。無機質な埃と工業油の匂い。どこかの倉庫、だろうか。
自分を攫った男たち――たぶん四人、は声のトーンを落として何か会話で確認しているが、彼女は全てを聞き取れなかった。
――これから、どうなってしまうのだろう。不安がもたげる。
男たちはとても静かに、先の会話以降は無駄な動きを感じさせずに待機している。それがとても、恐ろしかった。自分は何かの目的の、その手段に使われているという実感。愉しむことも、会話をすることもせず、一定の距離を保ったまま近づきさえしない。
人身売買? 私はこれから『商品』にでもなってしまうのだろうか。堰をきった不安は次々に良くないことを連想させ、身じろぐことしかできない状況に絶望する。
「んー……んーッ!」
叫び声すら上げられない。口を塞がれたままでは言葉が出ない。
――それすら『うるさい』と取ったのか。
ゴン、と近くに堅くて重たいモノが落とされたのを感じる。レンガか何かか。
たったそれだけの、目に見えない暴力未満の牽制に身が竦む。
閉ざされた空間。抵抗一つ許されない圧迫感に息苦しさを覚える。
……終わりは、思っていたよりも早かった。
/
――彼女の予想どおり、そこは都市中心部からそう離れていない倉庫のひとつだった。目標を完全に捕捉し、戦力を整えた“彼ら”は満を持して急襲する。
本来は換気のために設置されていた天井付近の窓が、外から派手な音を立てて砕かれた。
「――!?」
「誰だッッ!」
計算された朝日の逆光。窓を割るのに用いた、バールのようなモノを持つ、侵入してきた男のその人相は窺えない。
「ダスキンでェーーーーす」
「リーダー、なんですかソレ」
「あ、通じないか。そうか」
窓から地面までは10m近い高さがあったが、現れた男女はそんなものなど関係ないとばかりにガラス片が落ちる中、バシュゥと光の粉を撒き散らせて着地した。その光と差し込む朝日が巻き上がる埃に乱反射する。
「掃除に来ました、GRです」
「GR、銀河鉄道……【カラーズ】か!」
「あ、良かった。まだ名前忘れられてなかったですね」
「動くンじゃねェッッ!」
アイリスが銃口を向けるのと、ランスロットがバールを握り直すのと、男の内三人が二人に銃口を向けるのと、残りの一人が囚われの人物に銃口を向けるタイミングが同期する。
ランスロットが人質を一瞥する。――拘束されているフラワーショップの店員であることを確認して、視線を彼女へと銃口を向ける男へ遣った。
その上で、この倉庫やそれぞれの武装よりも、よほど無機物的に告げる。
「――カラーズには犯罪者……賞金首を捕まえる責務があっても、人質の安否は仕事に含まれない」
そういうのは警察の役だよ。あまりの冷徹で発されたその台詞に、傍に立つアイリスはおろか、店員の女性も、彼女を攫った犯罪者である男たちも呼吸ひとつ分、思考の停止をしてしまった。
その、リーダーと隣の女に呼ばれていた男と視線が交わっても、いっさいの感情が読み取れない。まるでカメラのレンズがこちらに向いているだけのような。
逡巡。そして、
「~~~~ッッッ!」
「アイリス」
人質に向けられていた三つ目の銃口が自分に向けられる刹那に、名前を呼ぶ。返事は不要。確認も不要。
四つの引き金が引かれる。それに合わせて二人のFPライダーは足に履いたままの現代科学の粋を蹴り出した。殺到する銃弾。シンクロするバック宙。呼気。パンプスとスニーカーが地面を咬む。推進するボードはアンダースローで放たれた野球のボールのような――虫を狩る燕のような軌道で目前の男たちに向かっていく。弾丸回避。膝を付いてからのロケットダッシュ。距離5m。突然のFPボードの到来に泡を食った男たちは左右に避ける。折込済みの回避行動だ。その未来にアイリスが銃弾を撃ち込む。一人撃破。ランスロットがバールを振り上げる。キン、という快音に顎の砕ける音が遠ざかる。二人目撃破。人質を背にして、崩れることを許可せず男を盾に射線を遮る。空気を切る音がした。割れた窓から二機のボードに乗った残る戦力が突入する。滑空しながらジョンとペドロはそのまま、残る二人を轢き倒して進み、大扉の前で着陸した。
突入から制圧まで二分と少し。発砲からであるならばその四分の一足らずの時間で、戦闘行為は終了した。
これが、かつて『色つき』まで秒読みと謳われたカラーズの実力だった。
「それで」
人質は拘束されたまま。からからとバールを地面で鳴らしながらランスロットは呻いている男のひとりに問う。
「何が目的で、君たちはこんなことをしたのだろう」
――その答えは、この場の誰もが意表を突かれるものだった。
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