/5 Hide&Seek


 言わば、それは叶いるが期限付きのユメだった。


 最初から飛べていた。けれど成長と共にそれは困難になっていき、ついには誰とも知らぬその他大勢と共に地べたを這いずり回る有象無象の一員に。


 ――まるで、蝶の変態の逆をいくようだ。自由を謳歌する羽を畳み、蛹を経て芋虫へと生まれ変わる。


 その生の在り方に憤りが無いわけがない。ずっと飛んでいたいのに、先に生まれた連中は見たくもない自分の行く末を示すように空を降りていく。


 世の中には要らない苦労が多すぎる。無駄なルールが多すぎる。それを煩わしいと思うのは、そんなにもいけないことなのだろうか。


 好きなことを、好きなように、好きなだけ。それのいったい、どこが悪いというのだろうか。


 同じように地べたを這いずり回り、やりたかったという心を羽と一緒にもぎ取り、やらなければならないことのために生きる。大人になるということがそういうことならば、


 ――お前も同じようになれ、と死んだ目で同胞の誕生を悦ぶ様は、安いシナリオのホラー映画で節操無く数を増やしていくゾンビとなんら変わりがない。


 だったら、子どものままで構わない。



 連絡の途絶えた階下。つい先ほど、三階も制圧されたのだろう。手下、仲間の殆どを失い、残ったのはこの四階にいる自分と、たった一人だけだった。


「……どうする?」


「どうすっかね」


 この時代は子どもにも優しい。なにせことの方面では大人と平等に扱ってくれるのだから。


 しでかすことへの責任能力などハナから期待されてはいない。犯した法と、脅威の度合いで仲良く首からぶら下げた値札の金額が上下するだけだ。


「お前さ、ラン得意だっけ」


「まぁ、そこそこ?」



「っは、マジかそれ。いいよ。どうせ最後は変んない」


 ――まあ、つまりは大人だろうと子どもであろうと、賞金首になってしまえばそのツケは自身に懸けられた金で払う羽目になる。散々やりたいようにやったのだ。欲を言えばもっとやりたいようにやりたかったが……未練がましくも憬れ続けたのように振舞うには、自分たちは自分たちで思うほど大物ではなく。そんな自分たちに引導を渡しに来るのが、また別の憧れであったであるのなら、それは上々とも取れる。


 空気を読んだか読まなかったか。到着し開いたエレベータの扉に警戒するも、中身は弾痕だけで無人だった。


 駆け上がってくる足音が聞こえる。頷き合って、賞金首の二人はエレベータに乗り込んだ。おあつらえ向きに行き先はこの上――屋上を指定されている。


 エレベータの扉が閉まるのと、最後の隔壁を破り、マリアージュ=ディルマが扉を開いたタイミングは奇妙に一致した。


 10cmに満たない視界で交差した視線。


「いっそコレが軌道エレベータならなぁ」


「…………昔のカカシよりを獲れるね、確実に」


 宇宙に興味はなかったし。きっとそこまで飛ぶのは、翼とは違った何かが必要なのだろう。



 /


「……賞金額三万六千と三万。『隠恋慕ハイド&シーク』のリーダー二人で間違いないな?」


 ――果たして。


「間違いないよ。オレがハイドでこっちがシーク。最初は二人で始めたんだ」


「どう先回りをできたの、って聞いていいですか? エルさん」


 ――屋上には、言葉の通り二人を待ち構えるエルと、何故かげんなりした顔のファーリンとソルディの姿があった。


「……飛行症候群の賞金首には逃亡の際にという傾向が見られる。狙撃を警戒して窓から飛び立たないのであれば、残るは屋上だろう」


 ミリオンダラーはそうもいかないが、と息を吐くエルに付き添う二人の<小人>はかぶりを振って言う。


「ちがう。シークが訊いたのは手段の方」


「エルってブッ飛んでるよね」


「……エレベータを使った」


 首を傾げるエルを差し置き、同情を求めるかのような視線で、その足りなさ過ぎる情報を補足した。


「まずエレベータに乗り込んで」「すぐに通風孔を開けてエレベータの上で待機」「それから三階まで上がった時の推力を使ってボードで屋上のドアのあるとこまで飛ぶ」「腕力でこの扉を開ける」「ありえない」「子どもに無茶をさせおる」


「…………」


「…………」


 これには『隠恋慕』の二人も開いた口が塞がらなかった。


 FPライダーであるのならば、カラーズの【赤】よりも同じFPライダーとしてのチーム・クリムゾンスノウを知っている。


 マリアージュ=ディルマにその美貌と物腰に隠したがあることも、なんとなくは察していた。


 けれどもFPライダーとして、賞金稼ぎとして知るエルがだったとは、その暴力的とさえも言える理知ぶりからは想像さえできなくて。けれどもおかげで納得もできた気がする。


「……もしかしたら、そこらへんが秘訣なのかもしれない、か。真似できそうにねーなぁ」


「む?」


のスゴさが、ちょっとわかった気がします」


 背後で二度目……いや三度目の扉が開く。振り向かなくともわかる。


 マリアージュ=ディルマと三人の<小人>。



 とっくに決まっていた結末が、朱い色を帯びて現実となった。ここで自分達はおしまいだ、と。


「降伏勧告」「マリアの鞭は痛いぞぅ」「エルのパニッシャーよりマシでは」「最悪の場合死に至る」「しろはたがいちばんおすすめだよ」


 なるほど道理だ。彼等が賞金稼ぎで、トップクラスのFPライダーであるのならば勝ち目はない。


「……OZのようにはいかないけどさ、オレらもちゃちな強盗して、盗品売っ払って生活してたんだけどさ」


「ハイドは豪遊したいからって後々使うかもしれない物まで手放しちゃって苦労したんですよ、ホント」


 その告白。事件モノのドラマの終盤で犯人が事の動機をカミングアウトするようなそれに、法的な――懸賞金的な情状酌量の余地はなく、また彼らは別段、身を焦がすような熱情で犯罪を続けてはいなかった。


 だから、これはそういう話ではない。


 犯罪で儲けた金など使わなくても良いほどの安い買い物をした日の夜を思い出す。


 味の良さもろくにわからない、度数の低い酒を飲んでは全員で行為そのものに陶酔していた子どもながらの贅沢を。


 ――花を咲かせて秒で消え行く花火を、純粋に綺麗だと思った。


「……降伏は、


 蛹を経て芋虫へと変性してしまう人生を良しとするよりも。



 飛ぶ鳥に食われる末路であっても、羽のある蝶のまま死にたいと、思ったのだ。



 ――飛行の夢を叶える最先端技術が主の願望に応えて光の粉を撒き散らす。


 包囲する七人はそれを制止することもなく。



「……ドルチェ、レアルナ。獲物のグレードを変更、銃を棄てておいでなさい」


『Ya』


『了解』


 誰もがその時を待ったから、誰も動かなかった。


 地上から橋をかけるように二本伸びた光の線。外から状況を監視していた<長子>と<二子>が屋上に現れる。二人で運んだ<朱雪姫しらゆきひめ>の愛機、マーダーエンジェルスシリーズ<バッドアップル>を受け取り、彼女は夢を見るように微笑んだ。


「目標、『隠恋慕ハイド&シーク』はではなく、FPよ。……うふふ、お兄様?」


「なにかな、マリア」


「今回のお仕事をお姉様から譲っていただいて、本当にありがとうございます。……さて、わたくしたちは追う者ですが、今回の挑戦者は貴方たちです。



「いいなあ、その余裕!」


 ハイドとシークが屋上のフェンスへ向かって走り出す。脱獄囚のような必死さで、随分と少なくなってしまったけれど、持って往ける唯一の荷物だけを離さずに乗り越える。


 端から見ればダイナミックな投身自殺。けれどそうはならない。



 ――その足にかかるのはフェアリーパウダー。飛行の夢を実現させる、時代の代表。


 落下の現実を否定し、レの字を描くように光の粉が吹き荒れる。それを見届けてから、屋上に光の【翼】が開かれた。


 彼我の実力差などわかりきっている逃飛行とうひこう。それでもただの獲物から、同じFPライダーとして認めてくれたのが、子ども心に嬉しくて。


「……ずるいよねえ、大人で、しかもあんなに重そうな物ぶらさげてるのにこっちよりって!」


「なんだシーク、嫉妬?」


「うっせーばーか!」


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