/3 Bad Apple.


【翼】が標的とする賞金首たちは、もっぱら――自分たちと同じ――FPライダーの犯罪者である。


 全専業賞金稼ぎカラーズの中で間違いなく最高の走空を行う彼らは、とさえ謳われている。そして今回そんな賞金稼ぎに狙いを定められた当の賞金首たちは、根城にしているビルの窓から見下ろした先に天敵の姿を認めた。当然だ。あんなにも大々的に狩りの宣言をしていたら、いくら彼らが夢見がちな飛行症候群ピーターパンシンドロームの犯罪者でもあっという間に目を覚ます。


 地上四階。日除けブラインドに指を入れて隙間を作り、そこから見えたマリアージュ=ディルマは大衆に向けて一礼をしていた。どよめきに混じって歓声がわりの口笛が短く鳴る。それを忌々しく思いながら、彼女の動向を観察していると、


 ――『開幕の挨拶』を終えた舞台女優の首が、見下ろしているこちら側にくるりと向けられた。無論偶然だ。視線に気付く、だなんてオカルトは実証されてなどいない。


 それでも。目が合った、と認識した後で微笑む絶世の美貌に……恋などでは断じて無く。純粋なおそれから、心臓がどくんと高鳴った。



 さて。襲撃が目前に迫った場合の組織の行動は大まかに四つに分けられる。


 逃走するか、降参するか、立て篭もるか、打って出るか、だ。



 逃走ひとつめならば相手は考え無しとなる。を知っておきながらのその行為は自殺と同義だ。


 降参ふたつめは実に潔いがマリアージュ=ディルマがリアクションだ。何のために総出で街に繰り出したのかわからなくなる。


 篭城みっつめは限りなく正解に近い。自分達の本拠地ホームで賞金稼ぎを迎え撃つ。FPライダーとしての技量で勝敗が決してしまうというのであれば。その条件が無効化される地上での戦いを選ぶことは、壮絶になるかもしれないが一番勝ちの目があるといえる。


 先制よっつめを仮に選択したのなら――彼女はことさら悦ぶだろう。カラーズの【赤】に位置づけられてから、困った事に張り合いがなくなってしまった。『色つき』の称号に犯罪抑止の目的があることは事実だが、こうも効果覿面てきめんで白旗を挙げられ続けると、いっそ――と思ってしまう。だから、飛行賞金首で、自分達を【翼】と認識していて、それでなお牙を剥いてみせるというのなら、彼女はその獲物の活きの良さに賛辞を贈ってしまうだろう――/


【赤】く色めき立つ、街行く足を止めた人々の声の中にあって。ソレはいっそ奥ゆかしいまでの些細な音でビルから放られ地面に落ちた。


「あら?」


 サムズアップの手に似た――あるいは拳大のパイナップルを思わせるソレは、気まぐれにすり寄って来る猫のような軌道で地面を転がり、マリアージュ=ディルマの足元で炸裂する。


 一度限りの存在証明。歓声を打ち消す大音量。至近で手榴弾の爆発に見舞われたマリアージュ=ディルマは、


「……わたくし、貴方がお姉様に何を要求されたのか、ますます気になってしまいました、お兄様」


 刹那の間に爆風を吹き飛ばし遮った銀の十字架に向けて、うっとりしながら。


 歓声が悲鳴に変わる。彼女を取り巻いた半円周が一気に遠ざかる。


 そんな中で、<朱雪姫しらゆきひめ>はドレスの裾を片方上げて、あらわになった腿のガーターベルトに挿した得物をするりと引き抜く。


「だって、こんな相手はほんとうに久しぶりで。ねえエル……の予感がしますわね?」


 /――こんなふうに。



「……生死問わずトビラが相手だ。遊んでも良いが、気だけは抜くんじゃないぞ、マリア」


「はい、それは勿論」


 踏み出す。そのタイミングに合わせてビルのドアが内側から開いた。


 小さなエントランスの中央に位置する受付には誰も立っていない。代わりに開かれたドアの両側面から銃口が一つずつ覗いている。次の瞬間にはマシンガンが放たれるだろうその絶妙なタイミング。


「ドルチェ、レアルナ」


 たん、たん。


 響いた銃声は二つ。


『clear』


『エイムりょくに自信二子』


 マリアとエルの背後……事態を遠巻きに見守る民衆のさらに奥。その頭の数々を縫い、道路を挟んだ向かい側から針に糸を通す精密さで放たれた<長子>と<二子>の狙撃が覇道に滴る露を払う。


 静寂。それを破るのもやはり、彼女の一声だった。


「では<クリムゾンスノウ>…………突・撃♡」


 風が生まれる。快音を響かせて、光の粉が五本の線となって次々にビルへと飲み込まれていった。



『エントランス制圧完了』『敵影無し』『エレベーター稼動してるよぉ~』『階段前ふさがれてる』『だいはっけん』『シルヴィ詳細』『どろしーがひょうし』『詳しく』『あっほんとだ~すご~い!』『“ライドザスカイ”!?』『絶版のアレ!?』


『仕事優先。ソレ没収な』


『『『『『レアルナ横暴ー!』』』』』


『HurryUp!』


『『『『『はぁーい!』』』』』


「ドルチェ、レアルナは引き続き監視を」


『ok,L』


「ミカエル、ライン、シルヴィは階段の障壁を排除後、マリアと上を」


「了解」「エルは~?」「ばくはならまかせて」


「私はエレベータを使おう。ファーリンとソルディ、来れるか?」


「「密閉やばくない?」」


「そこは私に考えがある。……往こうか」


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