/2 Once Upon a Time.


 /


 ――空の中、私たちは空がを見下ろしていた。


“流れ星に願えば叶う”という迷信はこの時代になっても廃れてはいない。考えてみれば当たり前だ。、また同時に


 見上げた夜空に走る一条の光。それを流れ星だと認識し。願い事を思い起こし。心の中で三回唱える。


 それを行うには、あまりにも人間の伝達速度は遅すぎるのだ。『あ、流れ星だ』と思った瞬間にはその光は消え失せている。何かを願わなければ、と思い立つよりもはやく。大抵は星が消えた後で『ああ、願い事をしておけば』と、届くはずのない速度にお門違いな後悔などをしたりするのだ。


 その瞬間は、とてもそれに似ていた。


 まるで流星のような速度で少年が少女を捕まえる。胸に抱く。俯瞰している私たちからすれば僅かな高度の差で、少年の右足だけがこちらに近づいて、また離れる。


 その一連のシーンを惨劇だと認識しておきながら、あまりにも遅い想起。


(どうか、)


 もう、事は済んでしまったのに。



 この日より、命を救われた少女は飛行症候群ピーターパンシンドローム怨嗟えんさと責任転嫁の矛先となり続ける。


ランスロットを殺した女』。


 時には殺意さえ向けられて。それでも遥か高みに挑み続けた少女は、呪われながも俯いたりはしなかった。



 殺意を覚えた、というのなら私もそうだ。


(どうか、ご無事で――)


 ――あの瞬間を目撃しておきながら。その結末までを見届けておきながら、その後で遅いにもほどのある心配をした、私自身の心の遅さに、


 彼らが表舞台から姿を消して、それから二年。再び現れた彼らはなんと、首に値札をつけられた――それも超高額の――賞金首として、以前とは違う世の中の騒がせ方をするようになっていた。



 目も当てられないとはこのことだ。仲間と一緒にミリオンダラーと呼ばれる八組の賞金稼ぎの一角として名を馳せる彼らのことを、けれどその他大勢は当たり前のようにそれまで知らなかった。


 それ以前を知る他の飛行症候群ピーターパンシンドロームたちの不特定多数が、間違った憧れを……いや、憧れを言い訳に貶めて、同じように犯罪行為に走ってはその首に下がる値を新たな自尊心へと換えた。


 あたかも『彼らがやっているから自分だちだってやって良い』とでも言うように。


 度し難いにもほどがある。より速く……より高くを目指すのならば、は足枷となる。それはもう証明された科学だ。だがまでなげうっては本末転倒。その翼はいったい、何のために在るのかさえも見失うだろう。ましてや動機を後押しする麻薬が『赤信号、皆で渡れば――』などという反吐が出る類のモノであるのならなおさらだ。



 動機。動機といえばそう。彼らが賞金首になったように、私たちがそうなった動機。


 抑止力の側に立つことで間接的に彼らを護ろうとした?


 違う。これは、もっともっと利己的な理由。



 ――これ以上、私たちの見続けるそらを、穢させないためだ。



 /



 埋没していた意識が浮上する。信号は赤から青へ。ミュートを解除したように、気分的には聞こえ始める雑踏の音。マリアージュ=ディルマは見知らぬ誰かたちと同じように横断歩道ストライプを渡り始めた。



 足音に紛れて耳に走るノイズ。


『あのビルで間違いないよ、ソルディと確認したからね』


『どする? 突入?』


「いま着きますわ。もうちょっとだけ待っていて」


 かつん、とヒールの踵が高く鳴り。言葉の通りにファーリンとソルディが確認を取ったビルの前で足を止める。


「そういえば――」


 エルと一緒に、今となっては七人もの子らを育て、【赤】のカラーズにまで登り詰めた<朱雪姫スノウクリムゾン>――マリアージュ=ディルマはチーム<クリムゾンスノウ>のメンバーを、今更ながらにかんがみて思う。


「七人の小人と、魔法の鏡……女王は悪役だし無くても良いのだけれど、」


ふざいがきになる?』


「いいえ。まだまだ夢を見ていたいのだもの。それは構わないわ? シルヴィ」


 俯いてそっと微笑む。


「でも、そうですわね。それがきっと、わたくしたちらしい。いつでもパイはホールで焼くのですし。きちんとみんな、食べ終えてくれるのだもの――だから、わたくしたちがでも、良いに決まってますわ!」


 高らかに声と両手を上げて振り返る。


 雑踏はその動きを誰もが止め、彼女は視線の全てが自分へと向いたことを確認して、優雅な動作でドレスのスカートを摘んで一礼した。



「ご機嫌よう、皆様。わたくし、カラーズのマリアージュ=ディルマと申します。これよりいっときの間、少々お騒がせいたしますがどうかお許しくださいましね?」


「立ち見席しかございません。それでも良いと言うのであれば、どうか我々のをご覧になっていってください。――流れ弾には気を付けて」



 もう一度ビルへと振り向く。芝居がかった賞金稼ぎ行為の宣言とは裏腹に、あの日から願い続けた言葉は胸の中でのみ唱えられた。



 ――次こそに遅れは取らない。


 その色は【赤】。その称号は<最速>。


【翼】の異名をとる、全員がFPライダーで構成されたカラーズの頂点が一は、堂々とその足で獲物の潜むビルへと踏み出した。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る