/9 ルージュの伝言
残りは些細な、本当に関係のない、彼等の日常や、幼い頃の話。
エドワードはそんなものを聞きたがっては、素直に喜んでいた。
ぱしゅん、と招かれた時と同じ音でドアが開き、研究所から外に出るとそこは入って来た時とは違う――あくまでこの、空を飛ぶ孤立した島で生活をする人々にとってのささやかな癒しのコンセプトとしてある――印象をもって、来訪者たちの出立を待っていた。
サマータイム。普段より長いはずの昼の時間はそれでも終わり、太陽は既にこのスカイフィッシュ研究所よりも下に位置している。
「君たちは――」
夕日が湧き上がり、平行に在る空を黄金に染め上げる景色の中。エドワードはこんな言葉と共に、少年少女を送り出した。
「君たちはFPがどうしてボード型の、脚に履くというカタチで飛ぶか、知っているかな」
この時代の代表。空を飛ぶ機構、フェアリーパウダー。
二人の少女が大事そうに抱えたソレが、そう在る理由を、けれども彼等は誰も、答えられなかった。
「先生がFPを創ったのは、人が空を飛びたいという欲求を持っているのは『人はかつて空を飛んでいたから』だったんだけれど。じゃあどうやって、ってなるよね。真っ当な発想なら、背中に翼とかで良かったかもしれない。でも先生は、私たち
肩甲骨は翼の名残だ、なんて夢のある説を否定しながら。アレは人体の腕の稼動の為にあるんだ、と笑って。
「鳥を真似ることはない。彼等は彼等で、翼を得る為にかつての
傍にいた研究員に一言添えて、視線を戻す。
「うん――だからさ。本当は靴なんかが第一候補だったんだ。我々は歩む生き物で、月面だって歩いてみせた。次は空を歩けるように、って最初は思っていたんだけど、そこは技術力が及ばなかった。許して欲しい」
その謝罪を、この世の誰が糾弾できるというのだろうか。彼等がいなければ、人は誰も空を再び飛べてなどいない時代だというのに。
やがて、噴水の傍ら。主たちを待っていた一枚の巨大な二人乗りボードを見て、エドワードは「敵わないな」と困ったように笑った。
「カレン、先生によろしく。それと――」
「所長」
「ナイスタイミングだ、ありがとうアラン。ランスロット、これを」
研究員からエドワードが受け取り、カカシに差し出す。
これは? と、これを? とかすかな驚きを目に浮かべて、少年は魔法使いの弟子の顔を見る。
「今の君にはもう不要かもしれない。それでも受け取ってくれないかな。重たければ棄てても良いからさ。最新情報を常に入れていても、私たちはやっぱり、昔から君の、君たちのファンだから」
「ありがとう。また、これが合うようになれるように頑張ってみるよ」
虹色の光輪が展開される。まず、カカシとカレンが乗った<クローバー・フォーリーブス>が浮かび、それに添って<サンデイウィッチ>と<ストレイプリンセス>もふわりと上がった。
エドワードとアラン研究員は四人の姿を見上げ――多くの人々がそうするように――憬れへ向けて、高く手を伸ばして、振った。
「ねぇーっ! 本当にアレで良かったの!?」
「ああ! ずっと大切にするよ! ありがとう!」
ドロシーの不安を、大声で大丈夫、と答える。
そうして、もはや慣れ親しんだ音と、光の粉を振り撒いて上昇し、地上へと還って往くピーターパンたちを、姿が見えなくなるまで見送った。
見返り、というほど無粋なモノではない。
エドワードは彼等に、些細なお願いをして、それは無事に叶えられた。
四人を歓待した休憩ロビーの、ガラス張りの壁の隅に。
ドロシーと灰音の口紅で、日付と、直筆のサインと「ありがとう、また逢える日を楽しみに!」の一文。
それから窓枠にナイフで付けられた、四本の傷。
三本はどれも似たような高さだが、一本だけはそれより高く。
どこかの色男いわく、並んで歩く分には理想的な高さの差、だそうだ。
/
かくして空に浮かぶ宝島を目指した冒険は終わった。
先んじて地に落ちようとする夕日を追い抜いて――その風景に灰音はいたく感激していた――アルフォート邸の中庭へと舞い戻る。
≪Pi≫
「お、戻ってきた」
弓とレイチェルはそれぞれの反応で出迎え、土産話をせがみつつ、カカシの抱えたひとつのボードに興味を示す。
「へェ、粋なことするねえ、お空のメーカーさんも」
「だから弓くんもやっぱり来たら良かったのに」
「だからオレにはボードも経験もないってのに」
「じゃあ、アルクが使ってみる? これ」
と、カカシが差し出したソレを、弓は笑いながら首を振って断った。
「さすがのオレでも似合わないよ。アンタ専用だろ、スケアクロウ」
「あっ、四人とも今日は泊まってくんだよねっ?」
思い出したかのように手を組んで「やったーっ」と既にYESの回答しか用意できなくしているドロシーに灰音、弓、カレン、レイチェルは同じ一拍の間を置いて、声を出さずに笑った。
――エドワード=スカイフィッシュがカカシに持たせたボードの銘が何であるかは、言うまでもないだろう。
/後日談『宝島』 完
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