/8 時には昔の話を
「電車の吊り革から始まって、直立式の酸素カプセル、今じゃベッドまであるんだけど。君たちは媒体が磁気テープだった頃の古いSF映画は見たことあるかな。『古いSF』っていうの我ながらジョークっぽいね。まあ、酸素カプセルの元になったディティールっていうのかな、ほら」
限られた床面積でより多くを休息させようとした場合、横より縦に並べる方が効率的だろう? と。トレンチから楕円形の金属製テーブルの上に人数分のカップを置きながらエドワードはそんな、およそ関係のなさそうな話題から話を始めた。当然四人は同じように首を傾げ、頭に『?』を並べた。
「機能化、効率化を突き詰めていくと今度は人間味ってやつが失われていくってこと。だから本当に君たちには感謝してるんだよ。椅子に座って休憩するなんて随分としていない贅沢のように感じるんだ」
「な、なるほど……」
理解に及んだ灰音の相槌。先進国の中でダントツの人口密度を誇る日本で生まれ育った彼女はまた、その仕事における――作業を行う機械の部品になっている人間、という部分にも共感があったのかもしれない。
ガラスのティーポットの中には小さなブーケのようにまとめられた花と葉が生のまま入っている。僅かに緑がかったフレッシュハーブティーを一口飲んでから、カカシが口を開いた。
「オズに聞いていたって言ったよね、スカイフィッシュ博士」
「エドワードでいいさ、ランスロット」
「……エドワード。ということはつまり?」
「うん。地上のことが色々と落ち着いたら君たちに逢ってみたいと思ったんだ。なにせお得意様だからね。スポンサーとしても、ファンとしても逢いたいのは当然だろう? サンデイウィッチにストレイキャット。……それからNASTY」
ドロシー、灰音と視線を向けて、またカカシに戻し。
「このラボは見ての通り空中移動型の研究所だ。年に一回、グリニッジ天文台の直上でこうして停泊するから、折を見て先生に頼んだ。先生も快く受けてくれて――って、どうしたのかな。あ、砂糖?」
渋い顔になる三人と苦笑を浮かべる灰音を見て、エドワードは淹れた茶の味かと見当違いを起こす。良く似た顔の双子が視線をそれぞれ右と左に流して「あのくそじじい」と小さく毒づいていた。
ため息のあと、ドロシーが「あのね、」と事の顛末を報告する。
「……っ、あっはっはっはっはっはっは! それは先生が悪い! 僕はきちんと時刻と場所も告げて、招待状も出したっていうのに! え、なに。もしかしてそれも渡されてない?」
目尻に涙を浮かべて笑い、取った確認に四人とも首を振る。カレンがポケットから出した筒状の『地図』を受け取り広げると、また爆笑していた。
「――よし。師の不始末を弟子が片付けるっていうのもアレだけど、お詫びに良いものを見せてあげよう」
まあ元々見せるつもりだったんだけどね、と付け足してから。ついておいで、と立ち上がるエドワード=スカイフィッシュに倣って四人も席を立つ。
――幾重もの扉の向こう。案内された先は、現代において最も知られ、また最も貴き夢が形作られていく、その一切の作業工程だった。
<スカイフィッシュシリーズ>のFPボードは、この空に浮いた人工の島の中で、確かに製造されていたのだ。
/
ついでだからメンテナンスも、と同シリーズのモデルで参じたドロシーと灰音のボードを――どこかサイボーグの治療を行う手術室の印象を持たせる――ガラス壁の向こうにFPボードの生産を行っている一室の中で。寝台に寝かせるよう置いて、メスの代わりにドライバーを指に挟んだエドワードは、それこそ患者を診察する医者のように、使い込まれた<サンデイウィッチ>のエッジを撫でる。
浮かべた薄い笑みは、怪我をして帰った子どものやんちゃを成長の証ととって喜ぶ親のそれに似ていた。
「……先生と一緒に研究していた私たちはその後、皆して自分のFPのブランドを創ったんだけどね。コンセプトはだから、それぞれなんだ」
見えないように、けれどきちんと存在しているパーツの継ぎ目を正確に圧し、ぱかりと側面からボードを開きながら彼は話を続ける。初めて見るFPボードの内部構造に最も目を輝かせたのはカレンだった。
「スカイラウドの音が独特なのは、空を飛ぶ『快感』に重きを置いたから、だったっけかな。うん、一緒に無茶をしてるけど大事に使ってくれているみたいだね、ありがとうドロシー。この分だと右脚の踏み込みにもう少しレスポンスがあった方がいいか。……ああそうそう。えーっと、それで、スカイフィッシュはモデルもそれに因んでるんだけど。私が一番先生と考えが似てるって他の連中に言われたっけなあ。ウチはほら――型破りがイイんだ。だってそうだろう? せっかく空を飛ぶんだから、くだらない枠に収まっているのはもったいないぞ、ってさ」
「ま、一番は君のユーザーモデルだったんだけどね、ランスロット? 君がFPなんてモノよりもよっぽどそうだったからお陰で私たちは大変だったんだぜ? 君に見合うFPを創るのはウチだって息巻いて、普段はお互いの近況報告くらいで商戦なんてしないってのに、他の連中にランスロットに粉かけんな! って釘を刺したりしてさ」
「そうだったんだ。うん、ありがとうエドワード。NASTYは僕が乗った中で最高のボードだよ」
掛け値無い賛辞と感謝の言葉に、スカイフィッシュ博士は笑みを深くして。
「さっ、次はストレイプリンセスだな。活躍はこの空にも届いてるよ、シンデレラ。【赤】はマーダーエンジェルスが専属みたいになってるから、色つきのカラーズとお近づきになれるとは思っていなかった! 今更だけどこのボードを選んでくれた理由を聞いても?」
「はっはい!? えっとですね、その、私はこちらの方々と比べると全然なんですが。……その、カカシくん――彼に、お祝いで頂きまして……」
「あっはっは! 成る程? 変わらないご愛顧ありがとうございますだよ、ランスロット」
こちらこそ、と話を振られて肩を竦めるカカシに更に気を良くしたのか。ドライバーをくるくる回しながらエドワードは、
「是非このまま邁進して、賞金首たちを捕まえまくっていただきたいね。おっと、泣く子も黙る高額のミリオンダラーが此処に来ているんだった! この話はオフレコということで頼むよシンデレラ!」
などと、関係を知る者にしか言えないジョークを放ち、四人は顔を見合わせて笑ってしまったのだった。
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