/6 宝島


 キィン、と快音を響かせて飛び立っていく鳥達を見上げる。一際ひときわ大きく、並走する二枚のFPボードの光の粉に彩られて緩いアーチを描いた七色に。


 ……国府宮こうのみやユミはふと、落し物をしていた時分。同じように見上げたソラに足りていないと思っていたが何であるかを得心とくしんして笑った。


 ピ、と控えめなシステムの音。彼らを同じように見送った――自分とは違い、同じように空を駆けることが出来たはずなのに、あえて地上に残った赤い翼に視線を遣る。


 視線を受けたことを理解したのか……だとすれば相当にシステムを搭載したAIだよな、などと思っていると、当のAIは機械らしい無機質さで。ともすれば人間味に溢れた奥ゆかしさで、そっと音声を発した。


 ≪よろしかったのですか? ミスター≫


「ん? ん」


 ますます人間らしい、とても曖昧な質問にまた笑ってしまう。視線を再び空に戻し、弓は頷いた。


「いいんだよオレは、これで。……アンタの方こそ良かったの?」


 ≪Pi≫


 相槌の後、考えるような間を持ったレスポンス。


 ≪当機にも選択、という自由が当てられています。折角ですので、今回は飛ばないというを選ぼうかと≫


「ぶっは! なるほど。そいつは確かに贅沢だなあー!」



 ――事の起こりは数分前。カカシ、ドロシー、灰音の三人は当たり前のように決定し、では同じような流れでレイチェルにカレンが乗り出発する……というお約束を、他でもないレイチェル自身が断った。


 FPに明るくない弓からしても異質な、二人乗り専用のボード。カカシは<クローバー・フォーリーブス>と、共に乗るもう一人が居なければ空を飛べない。


 製作者はどこまで想定していたのだろう。果たして、空へと飛び立つ時。そのボードには紅茶色の髪の双子が乗っていた。


 かくして巨大なそのボードは虹を描き、その両隣に<サンデイウィッチ>と<ストレイプリンセス>が並んで飛んで行く。


 ……互いに確かめることはしない。ただ、その瞬間に一人と一機はそのに同じ安堵を――そう、安堵を覚えたのだ。


 ああ、これで良かったのだ、と。



「……ま。天下の【ザ・ゴッドファーザー】の家ン中でお留守番とかカラーズのやることですか、って感じはすっけどなーははは!」


 ≪…………Pi≫


 電子音だけのレスポンス。如何に高度な人工知能を搭載し、現代に存在するの産物たるレイチェルをしても、それは反応に困る本音の吐露だった。



 /



 不意に、縁日の『らくがきせんべい』を思い出した。子どもの自分にはずいぶんと大きく思えた薄っぺらいお煎餅に、砂糖水をつけた筆で思い思いの透明な絵を描く。仕上げは屋台のおじさんがそれに色砂糖をまぶし、砂糖水の塗られた部分だけに色彩が残って一枚のカラフルな『絵』が完成する、というアレだ。


 史上最大かつ唯一の二人乗りのFPボードが虹の輪を放つ。――瞬間、彼ら双子にだけ見えているという……本来は無色であるそれが、蓮花寺れんげじ灰音ハイネの視界に確かに映り込んだ。


「わぁ……!」


 あまりにも曖昧で、手に取ることは適わないソレに自身のボードを乗せると、かつて幻視していたレールと違い……空を走る、というFPライダーの定型句を今更ながらに実感することになった。


 風を読む、というのはFPライダーにとっての必須技能ではあるが。道を見る、という異能の埒外にあやかることがどれほど楽かを思い知らされる。


 灰音自身は俗に言う飛行症候群ピーターパンシンドロームではない。ただ、そう呼ばれる彼らに憬れ――あるいは『届かない』という絶望を抱かせる程度には、その走空には決定的な違いがあった。


 ふと隣を見ると、ドロシーが両手を広げ、目を閉じて飛んでいる姿があった。走空中に目を閉じるなどという、灰音からしてみれば恐ろしい行為でも彼女には慣れ親しんだ空なのだろう。灰音がよく『お日様のような』と形容するそれではなく、ただ風を受け空を飛ぶということを受け入れた、彼女にしては珍しい部類の――穏やかな笑みを浮かべながら。


 四人と三枚の翼は巨大な螺旋階段を昇るように高度を上げていく。それにつれ、薄くなる空気を、代わりに平時より大きく吸い込んで吐き出し、瞳を開いたドロシーがカカシに声をかける。


「カカシ、そろそろだねっ」


「……うん。カレン、大丈夫?」


「大丈夫」


 FPライダーではないのに、二人で一枚の翼を駆る双子――カレンの方にも危うさは見受けられない。


「ハイネは、ここより高い場所で飛んだことはある?」


「え? うんと、うん。一回だけ。ほら、二人と最初に飛んだ時……っていうか時に。ちょうどあの時って今いるくらいの高さじゃなかったっけ」


 カカシとドロシーが苦笑する。カレンは当事者ではなかったので首を傾げたが。


 グリニッジの街並みはミニチュアとなり、もはやそこに暮らす人々の営みは窺えない。地平線がゆるやかにカーブを描くそのパノラマに、数年前のあるスパルタな教育を思い出していると……


「……このくらいが、FPボードのでさ。空気が薄くなるっていうことは、FPが乗れるが少なくなるってこと」


「あ、そっか。大会もここまで高くまで設定されてないもんね。でも、あれ?」


 だとするとちょっとおかしいな、と灰音は思った。出力、あるいは技術的にが定められているFPの世界において、こうして友人達のサポートがあったとしても自分のような人間でさえ辿り着けてしまっているこの高さ。


 かつて『空の王者』と謳われた少年と同じ高度に辿り着くだけならば、他のライダーならば出来たはずなのではないか、と。


 その疑問を表情から察したドロシーが、ジト目でカカシたちに視線を移す。


から、ランスロットは“伝説”になったんだよ」


「な、なるほど……」


「昔のカカシは今よりずぅーっと意地悪だったんだから。ねっ、カカシ?」


「う。い、いいじゃないか昔のことはさ……」


「ランスロット、意地悪」


「カレンまで。……まあ、とにかく。こう言うとちょっと嫌だけど、これより高くは僕以外のライダーは飛べなかったってこと。ハイネ、上見てごらん」


「うん? 上って言ってもこれ以上ってもう雲とかしかないんじゃない?」


 青みの薄くなった晴れ渡る空に、真っ白な雲がいくつも流れている。雲が動いているということは風がそこにもあり――なるほど。先行して正しくそのを視認できる二人が、虹色のフェアリーパウダーで描いてくれるのならば自分やドロシーもその先へ往けるということになるが……本来の目的地である、宝の地図に記されたポイントにはそういった何かは存在していない。


「うん。だから、たぶんなんだと思うよ」


 カカシが見上げる。それに倣っても、やはり他には雲くらいしか――そこで、灰音もドロシーも違和感に気付いた。


 特段大きいわけではない。同じ色をしていながらなお異彩を放つひとつの雲塊うんかい


 ハッとして地上を見下ろす。小さくなったグリニッジの天文台の白から垂直上に、その雲は他とは違って


「マジですか」


「たぶんね」


「なんということでしょう……」


 ない、と思っていた最先端の幻想ファンタジーがそこにあった。



「じゃあ、往こう。ふたりともしっかり付いて来てね。道を外すと堕ちちゃうから」


「はーいっ! 二人ともちゃんとエスコートしてよねっ!」


 先導を任せる事にまったく不安を覚えないドロシーと。


「お、おてやわらかにおねがいします……」


 そこまで割り切れずに引き気味な灰音の対称さが刺さったのか、カカシの背に顔を埋めたカレンが「ふ、ふっ」と笑いを必至に堪えていた。


 生まれる前から一緒だった双子の片割れだが、カカシはカレンの笑いのツボだけは理解できなかったりしたのだった。


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