/5 (F)away



「じゃあ、確認だ」


 場所は再び“子ども部屋”。今度は蓮花寺灰音と国府宮弓を加えた五人がテーブルの上に広げられた、グリニッジ周辺を描く地図を見下ろしている。


「目的地……って適切なのかな。ともかく、それはこの天文台の直上の空だと思う」


 地図の隅に乗せられた手紙。魔法使いの一筆に「笑ってやる」との文言を見つけ、弓は口の端を曲げて、説明をするカカシを見た。


「……うん。まぁ、そういうこと。駄目でも笑われるってだけでペナルティがないからさ。僕らにしてもハイネにしても、もしそうなった時は別に良いかなって。お互い、仕事でもなく練習でもなく、競うこともなくっていうのは、ちょっとした贅沢になるんじゃないかな」


 昨日の愛機の自動飛行を思い出しながらそう補足すると、弓は「そっか」と納得したようだった。


「で、でもカカシくん? 誘ってくれたのは嬉しいけど、私はふたりに比べたら全然飛べないよ? 一緒に行くんだったらもっと適任者がいると思うんだけど……ほら! マリア様とか不思議の国ワンダーランドの方々とか!」


「あらためて聞くと何気に蓮花寺のパイプやべえよな」


「ゆっ弓くんに言われたくないけど!?」


「ご馳走様。それについてはちょっと考えたんだ。マリアたちも考えたんだけど、小人はともかくあの二人はで」


 子どもだけで楽しみたい、という幼いプライドのような悪戯心をカカシが。


「かと言って小人たちだけ連れて行くとマリアがすっごい怒りそうなんだよね」


 大人の事情をドロシーが補足する。


「それに、ハイネを誘うんだったらアリスたちはちょっと……ね?」


 直接の面識はなくとも互いに対しての知識はある。片やカラーズの【緑】、片やミリオンダラーの【八番】である。あくまでプライベート、と言っても……


「……そうですね。お師匠様ズもびっくりなグレーゾーンでした。ふふ、話を振っておいてなんですがもう何年も前のことなのにその辺の組み合わせとロンドンがフラッシュバックして私の胃がやばくなるなど。……でも、ふたりともありがとう」


 なんとも言えない蓮花寺灰音の笑みに一同もなんとも言えない笑みになる。


 んん、と咳払いをしてカカシが話を戻した。


「そういうわけなんだけど、アルクは本当に良いの?」


「ん、オレはパス。大人しく留守番でもしてるよ」


 訊く側と答える側の空気は同じ穏やかさなのに、それを見守る側の空気が少し痛んでいる。


「……おーい。なんで蓮花寺もお嬢さん方もそんなアレな顔すんの。別に気を遣ってるワケじゃないって」


 まいったな、と弓は片目を隠す前髪を弄り……


「楽しみ方の違いってヤツだよ。アンタらは空を飛ぶのが楽しい。だけどオレにとって空ってのは眺めるのが良いんだ。ま、その良さを知ったのもここ一、二年くらいの話だけどさ」


 そう打ち明けた。待たせることは良くないけれど、待ちわびることは存外、自分にとっては良いモノらしい、と。


「…………弓くんがそう言うならいいけど。蜘蛛っぽいよね、弓くん」


 彼の武装を知る恋人兼パートナーのカラーズは、今まで言ったことのない相手への印象を口にした。


 ふッ! と噴出すおと。視線が集中した時にはもう取り繕いの早着替えで平静を装っていたカレンはそ知らぬ顔で窓の外なんかを見ている。


「じゃあ、まあアルクは留守番ってことで。後は時間だけど明日、ってことしかわからないな」


「明日中ならいつでもってことじゃないの? オズもそこまで意地悪じゃないと思う」


「ん」


 この季節、日が落ちるまでの時間は普段よりも長い。仮に夜になったとしても――


「ロンドンの夜間飛行も良いんじゃないかな? ワリと良いからね、景色」


「弓くんやっぱり行こう!」


「行かないっつってンだろ」


「はは。じゃあ、その辺は最後の一人に聞いてみようか」


 おおよその予定は決まった。カカシは窓を開けると、そのまま外に出て中庭に向かう。驚く日本人ふたりを尻目に、少女たちがそれに続く。残ったふたりはどうしたものか、と開きっぱなしの窓を見る。


 ――まるで、額に納められた一枚の絵画のようだった。


 大きな樹と芝の緑。その中に佇む赤い翼に向けて、三人の『きょうだい』が歩いていく。まったく身に覚えのない郷愁ノスタルジー。蓮花寺灰音も国府宮弓も、同じものを抱いては息を吐き……それは、もしかしたらこの場合にのみマナー違反かもしれないけれど、どうにも侵しがたいもののように感じてしまって。


 きちんとドアから出て、近道をせずに中庭に出向くことにしたのだった。


 不思議がったのは当の三人。日本人て妙なところで気を遣うんだねえ、と何も知らない少女の苦笑が陽射しと一緒に眩しい。


 そして、最後の一人は。



 ≪お断りいたします。客人はともかく、マスターは他を当たればよろしいかと≫


 などと、全員の意表を突く難色を示すのであった。

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