/2 宝の地図 上から見るか、下から見るか


 場所は変わって子ども部屋。最初は彼女の、次に短い時間を三人で、やがてそれより長く二人が過ごした公然の秘密基地――感傷に浸りすぎたか。とにかく、幼い頃に割り当てられた一室の、今の僕らの背の高さに合わせられたテーブルに、魔法使いから贈られた地図を広げて、ドロシーと一緒に俯瞰ふかんする。


 ――さて。これが中世の海賊もの、あるいはファンタジーの出来事であるなら僕らは酒場なんかで情報を集め、宝の地図の詳細を知る人物と接触する、なんていうセオリーがあるのだろうけれどそこはそれ。二十一世紀に生きる身としてはその文明力に頼ることこそが現代人としてのセオリーだろう。カレンは僕の隣でタブレットを触っている。


「でも随分アバウトな地図だねえ。ほんとにおとぎ話の宝の地図みたい」


 とドロシーの所感。カレンも頷く。確かに、日頃目にする地図と比べるとあまりに詳細に欠けている、色味もあったものではない白黒のそれ。古い羊皮紙なんかで描かれていればそれだけで値打ちが生まれそうな、どうやら宝の在り処、あるいは目的地であるポイントだけを●で示している、どこかの地域の輪郭。


 といってもこの地図の素材は一般的なコピー用紙で、アバウトなのは描かれ方のみ。輪郭の書き込み方自体には人間味というものが感じられない――あからさまに機械的、というかこの地図を作成したのがオズであるなら、どこかでコピーしたなあのじじい。


 ……価値のある羊皮紙からの連想で、まだ僕らが――でも今と変わらずに世間を賑わわせていた頃の失敗談を思い出しては少し鬱屈してしまった。


「ん」


 と、そのタイミングでカレンがタブレットを地図の上に置いた。コピー用紙製の宝の地図とは違い、存分にわかりやすい――ともすれば人体の断面図に思えるほど、道路の線が輪郭の内外に書き込まれた現代版の地図。


「えーと、参ったな……身に覚えがありすぎる」というか、身近すぎるというか。


「これってだよね」


「グレーターロンドンだね」


「これがテムズ川で」


 照らし合わせる二枚の媒体を違えた地図。●のついた場所は、まあイギリス人なら誰でも知っている、世界的にも有名な場所だった。


 カレンが僕を見る。頷いて見せる。血を分けた双子の口は、呼吸を合わせる必要すらなく、ひとつの地名を同時に言葉にした。


「「」」


 そう、グリニッジだ。、と付くと更にわかりやすくなる有名スポット。


「えぇー……もっとこう、カリブとか無人島とか、そういうの期待しちゃってたよ、あたし」


 ドロシーのあからさまに残念そうな言葉が何故か僕に刺さった。気持ちがわかるというか。


「うん……でもグリニッジに何かあったっけ。あ、博物館?」


「宝物はいっぱいあるねえ」


「オズが僕らに宛てたってことはレオとスズは今回なしってことじゃない?」


「えっ、あたしとカカシだけだと戦力が足りないよ?」


「……」


 ごく自然に、そこにある物よりもの方に推移していく僕とドロシーの思考を、カレンが紙製の方の地図に乗せた指が、疑問とともに遮ってくれた。


 あぁ――これに焦点を当てると、確かに根本が瓦解する。


 の端にはご丁寧にも方位を示す……言ってみればどの面を上向きにして見るかの記号が、日付と一緒に記されていた。日付は二日後。手紙の『間に合わなかったら笑ってやる』というのは、この日がタイムリミットもしくは指定されたタイミングであることは容易に考えられる。けれど。


 数字の『4』に一本『―』を足されたようなお決まりの記号の傍には本来書かれる【Nきた】の代わりに、


「えっ、じゃあ逆さまにするのっ?」


Sみなみ】が記されていた。


「うーん……?」


 とりあえず地図を逆さまにして眺める。カレンもタブレットで逆さになった輪郭を検索し、結果もわかりやすく、三人揃って首を傾げることになった。それもそうだ。この世のどこにも、グリニッジと正確に上下対称となる地域は存在しないのだから。


 文明力にあかせた検索チート行動を嘲笑うような仕掛けに、僕らは横にしたり裏返してみたりと、実に行為を強いられることとなった。


 上向きのS。詳細に記されたがゆえに遠ざかるグリニッジの輪郭。提示され二日後に迫った期限。最後に残ったを質に取られ、安易に大人へ頼ることも封じられた、かつてのこの部屋の意味のような秘密の感触。


『三人いれば文殊の知恵』と東の言葉にあるけれど。三人揃って思考の袋小路に行き詰まりかけた時。


 ドアをノックする音が『下手の考え休むに似たり』と笑いかけたようだった。


「お昼ご飯の時間よ、三人とも」


 眼鏡の奥で、どこか眩しいものを――しあわせなものを眺めるように目を細めて微笑むベディの姿に、息を吐いて二人と頷き合う。


「そうだね、とりあえずまた後で考えよう」


「さんせー! ね、カカシ。紅茶淹れて?」 


 猫のように背伸びをしてから部屋を出るドロシー。いいよ、と答えながら僕も出る。


 地図はテーブルに広げたまま食堂に向かう。


 振り返ると、何か大事なものをしまう時のような優しさで、音を立てずにドアを閉める姿が、妙に印象的だった。


「カレン、行こう」


「ん。……また後で」



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