/7 四ツ牙ライオンと【大強盗】


「……本当に人気者みたいね、貴方」


 呆れた様子で遠くに響くサイレンを一瞥いちべつし。視線を戻した瞳はわかりやすいジト目になっていた。


「まぁな。追っかけが多くて疲れるぜ。……な?」


 だから解かったろ、と。手も伸ばさず、宥めるような困った笑みでレオは続ける。


「俺はユキナがどうしてこっちに来たか知らねぇけどさ」


「だから観光――」


「間違っちゃいねぇんだろうけどさ、ソレ」


 どうしたもんか、とレオは髪を掻く。


 予定滞在日数に対して、フットワークの軽さだけでは説得力に欠けるトランクのサイズだとか。特に隠すものも無いのに、委ねる時の手は必ず右側であったことだとか。


 なによりホテルの前で先に降ろした時の目で確信した。


「ほんとは、一人で来る予定じゃなかったンだろ? ユキナ」


「……っ」


 本来の旅行が――婚前なのか新婚なのかは知るよしもないが。


「ま? お陰で俺は良い思いをさせてもらったわけだけどさ」


 言葉に詰まり、握り締められる両の拳をそれより大きな両手で包む。


「生きてりゃままならねぇこともあるだろうし、こうやって……あー。最後くらいは自惚れとくか。――こうやって、すがりたくなることもあるだろうさ」


「っ、……なぁにそれ。元カレ気取り」


 たった数日。互いの名前の他には知らなかったくらいの関係だったのに、と。


「あーあーそんな顔すんなって。美人が台無しだ。俺ぁ女を泣かす時はベッドの上だけって決めてンだけどなぁ。……いいかい、ユキナ」



「俺は、何も訊かなかった。その内にユキナが後悔するかもしれねぇけど、お互い様だ。ユキナみたいに良い女をキレさせる野郎の方が、悪いに決まってる。もちろん不貞は悪いことだけどな。だから――今度はきちんと、次の便で帰れよな」


「……レオ、私、私ね?」


 たたえた涙が零れる前に、その瞳に唇を寄せる。


「貴方が、初恋だった」


「俺もだよ。そんでもって、だ。そうだろ?」


 道草はここで終いだ、と告げて手を離す。旧いレコードに落とされた針が、その溝を最後までなぞればもう曲が鳴らないように。


 空港内に別離を知らせるアナウンスが入った。


「……元気でやれよ、ユキナ。お前の手は小っちぇンだから、掴み取った幸せってのを、もう落とさないようにしっかり握っとけ。大丈夫さ、一回くらいは拾い直しが利く程度には人生ってのは甘くできてる」


「レオ。……レオ、貴方だって、あんまり無茶しちゃ駄目なんだからね。……どうあっても、悲しむ女がいるんだから」


「おう。だから俺の素性は黙っといてくれよな」


 茶化すように笑い、このままでは次の便まで逃して――逃させてしまいそうだ、という自分への誘惑を断ち切るように。肩を掴んで後ろを向かせる。


「そら、さっさと行けよユキナ。は俺みたいな悪党には向いてないからさ。此処で見送らせてくれ」


 女が振り返る。開いた距離。ゲートまで歩く。振り返る。


 ――何度それを繰り返しても、レオはサングラス越しに笑みを浮かべたままだった。


 見送る相手が居なくなっている、という不安をどうしてこうも残さないのか。雪菜は結局、知らないままだった。


 たぶん彼なりの『良い男』の条件なのだろう。



 /



『あらためてようこそ、レオニード』


 マフィアの親玉にしては随分と若いその男は、自分なんぞを手厚く迎え入れてくれた。


『それで、君が望むなら……ぼくは望んでいるんだけどね。養子になって、アルフォートを名乗ってくれないかな』


『あー……悪ぃンだけどさ、親父さん。それはナシでお願いしたい』


 がしがしと頭を掻く。アルフォートに……この男の養子になる、ということに抵抗があったわけではない。『かぞく』というものにも、ひどく憧れがあったことも否定できない。ただ、


『ヴァレンティーノで居たいんだ。あの女が遺したモンって、もうこれくらいしか無くってさ』


 血の繋がりがあったわけでもない。勝手に自分を拾って、健全であるかはさておき、勝手に死ぬ時まで自分を育ててくれた女の姓。


『ダッセェ話だけど、俺は自分で思ってる以上にマザコンマンモーニだったらしい』



 /


「ふーっ……」


 飛び立っていく飛行機を見上げながら、レオは紫煙と一緒に追憶を吐き出した。


「ま。女々しいのも相変わらずだぁな、俺ってやつは」


 視線を落とす。着慣れたシャツの柄をそう評価して、電話を取り出す。




「チャーオ。坊、明日のことなんだけどさ。やっぱオフにしねえ?」


『は?』


「いや財布を新調したくなったんだよ。ロンドンで良さそうな店が出るっつってたろ。そうあのビル。ついでに姫にジェラートでも奢ってやれよ。あの通りのやつ好きだろ、姫は」


 ――などという仲間スズのお株を奪う壊しっぷりに、電話の向こうで呆れる弟分。


『……はぁ。レオってさ、協調性ないよね』


「はっはっはっは。あんま褒めンなよ坊。照れるぜ」


『褒めてないし』





 /プロローグ


 かくして予定は白紙に戻った。行われるはずだった作戦の武装そのままに、OZの面々は降って湧いた――もとい一人の青年の我侭により作られたオフを満喫する。


 ヨーロッパから世界中に名前と商品を発信するいくつもの有名ブランド企業が競合して企画をし、新たな時代の幕開けと意気込み、本日ついにグランドオープンを果たした合同ブランドショッピングビル。様々な人々の溢れる一階フロアに、レオの姿があった。


 愛想良く迎えてくれた女性店員に、同じように愛想を振り撒いてレオは目的を告げる。


「財布を新調したくてよ。姉さん、何かお勧めのやつあるかい? 俺に似合いなのを、選んでくれよ」


「はい、畏まりました。それでは長財布がよろしいかと。そうですね、こちらの――」


 そんな、和気藹々わきあいあいとした遣り取りの最中。


 ランチャー砲のオレンジ色が着弾、コンマの間を置いて爆発音。そして建物は炎上した。それから、中に居る人々の阿鼻叫喚あびきょうかん








「レオさ、今日は休日オフだって言ってたよね。ロンドンで財布新調すんだって言ってたよね。僕だけじゃなくて皆それ知ってるよね。だから来たんだよね、わざわざロンドンまで」


 言い訳するわけじゃあないけどさ、坊。


 俺だってそのつもりだったんだぜ?



 /『強盗童話』 開頁。

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