/6 Checkmate.


 /they period


 懸賞金制度が導入されてから今日こんにちまで、彼等の『カットラス殲滅戦』を上回る規模、そして合計獲得懸賞金額の討伐記録は塗り替えられることはなく。【緑】のカラーズ、<ザ・タクティカル>チェスはひとつの伝説を歴史に刻み込んだ。



 ――それから、半年の月日が流れ。巨悪を討ったことに対しては奇跡的なまでの少なさ、そして共に戦った彼らからすれば捨て置けないほどの損害。その補填をするために、本隊……チェスの四人は日本へと降り立った。


「ところでさ、アルクの偽装カバーって今思うと凄い雑だったよね。なんだよチャンって」


 アメリカの25分の1の面積に、その10倍もの人口密度を持つ国の首都。ロンドンどころかニューヨークだってこうはならない、と。ひしめき合う人々の営みに、キッス=レインは「うへぇ」と早くも辟易へきえきしながら、当時の事を口にする。


「うっわ、ほんとに今更っすねキッスさん。いーんですよ、メキシコ人にチャイナもジャパンも区別なんて付かないんだから。人口比率で当てるなら中国人の方が確率高いレベルだし」


 と、当のチャン――雇われ中毒者を演じていた国府宮弓こうのみやユミは肩を竦める。そして「あ、そういえば」と会話していたキッスからボス……トゥエリ=イングリッドに視線を移した。


「ねぇボス。俺すーげー頑張ったと思うんすよね。まぁ戦車を単騎で撃破したブライバルさんほどド派手じゃなかったけど、功労賞っていうかそういうのアリだと思うんすけど」


「ないよ。というかボーナスは普通に払っただろう、アルク」


「貰ったけど。もっと! だって俺、ぶっちゃけ禁欲生活強いられてたみたいなもんでしょあの三ヶ月って。仲間とも連絡取るわけにはいかないわ周りはジャンキーばっかで会話の成立してるようでしてないわマジうんざりだったんですけど! 次はもうぜってーやんねー!」


 わざとらしい癇癪かんしゃくのポーズをする少年に、ブライバル=ブライバルが笑った。


「P1連中が絶賛だったいね、アルクの役者っぷり。『アルクさん本当にキメてたんじゃないか』とか言ってて。首に打ち込んだっていうの、アレ何だったん?」


「生理食塩水ってことにしといてください。アレです、献血は嫌いじゃないけど注射は嫌だった」


「他にも色々仕込んでたよね、シートのやつとか」


「ああ、アレは紙石鹸……って言ってアンタらに伝わるのかなぁ……あ、駄菓子屋行きます? きっともう、この国にあるのは『再現』されてるやつですけど」


「ダガシ、と言えば錠剤タイプだ。さっきも引っかかったし」


 空港での一幕を思い出したのか、三人はくつくつと笑いを噛み殺して俯く。


「しゃーないでしょ。一年分取り寄せたヤツだから余ってたんですうー。ほんとイイ感じに出てるパッケージだし。……って、流されねーから! 俺の取り分の追加を要求する!」


「……“トビラ”のピーター=エイブラハム。通称『ピット』。18


「う」


「他にもR1隊の取り分予定だったカットラス所属の賞金首なのにアルクの名義で討伐された者が居たね。6千テンロク4千テンヨン5千テンゴが二人だったかな」


「うう」


 報酬上乗せするまで絶対引かないぞ、という意思を持っていた少年の目が、数字を上げられるたびに泳ぎ始める。


「……<血合羽ブラッドコート>がカットラスの参加に入るまでに六名その他もろもろでは足りないかい、アルク?」


「ひでえやボス! その歩合は貰いましたけど!」


「しょげるな少年。今日だってアルクのリクエストでニッポンに来たんだからさ」


「あれ? でもソレ考えるとアルクの取り分むしろ多くない? オレらの頑張りだってあるじゃん」


「はいはい降参します。くそ。もうちょいふんだくれると思ったのに」


 そうして四人は雑踏にその身を紛れ込ませ、同じように都会の血流となって歩き出した。



「……それで? 理に適っていはいるけど、どうして日本に? アルク、君の生まれた国だけど、君はそんなにこの国を、愛していないと思っていた」


 そっすね、とイングリッドの言葉に弓は頷く。


「物に溢れてて、きっと普通に生きてくならストレス多めだけど安全な国じゃないですかね、ここ。この国にないのって実質、土地と心くらいだし」


 そして、続ける。


「でも嫌いじゃないんすよ。なくなりかけだけど、きちんとまだ四季があるところとか。こんだけうじゃうじゃいるんだから、俺みたいなのがちょっと紛れててもバレないだろう、とか。そういうので」


 その。郷愁と言うにはあまりにも磨り減ってしまったであろう少年の心境を推し量れるでもなく。彼の仕える王は「そうか」とだけ返した。


「ポーンの補充ついでに案内しますよ。と言っても俺が知ってる頃とはだいぶ違うっすけどね」


 しし、と歯を見せて笑う弟分に、彼の唯一の家族たちは合わせるように笑った。



 ――六月の下旬の、ある日のことである。これより数日の後に、<最大>を誇ったカラーズの【緑】の席は空白となった。





 /her prologue



 さて。そんな口約束はどこへやら。


「まずはチョコミント。これは俺的に外せない。大丈夫だって。俺はオネーサンを信じる!」


 味見テイスティング用に一口分のフレーバーが乗ったショッキングピンクのスプーンを口に入れたまま、彼は自らの野望を叶えてくれるであろうその店員にエールを送る。


「次はバニラね。うん、完璧な直立! イケる、イケるぞこれ!」


 店内に小さなギャラリーを発生させながら。ストロベリーチーズケーキ、ポッピンシャワーと、アイスの玉が縦に積み上げられていく。


 そして最後にロッキーロード。コーンの上についに五段を成し遂げたアイスの塔に、わっと歓声が上がった。


「ありがとーオネーサン! 俺の夢がこれでひとつ叶った!!」


 惜しみない賞賛と感謝。自身の行動にほぼ完璧に応える相棒――この日本では珍しい、カラーズのライセンスカードでの支払いを済ませ、国府宮弓はこころなしうやうやしく開かれた自動ドアを通り、東京の街に意気揚々と繰り出した。


 そのごだんを、どのように攻略するかは考えないまま。



 /


 溶ける前に食べ始めないとなー、などと思いつつもまだ余韻に浸っていたかったので店舗のテーブル席を選ばず、適当な場所を探してスクランブル交差点で一時停止を強いられる。俺を飲み込んだ雑踏は規則正しく動きを止め、信号の色が青に変わるのを一緒に待っている。


 変わっているだろう、とボスに言ったものの、こうして変わらない他人への無関心さが、俺のような人種には心地良い。俺だって彼等に関心はないので、この瞬間だけは同じイキモノだろう。


 信号を待つ間に手近な、まあモニュメントの傍とかでもこの際良いので場所を探す。それとももう食べてしまおうか、と思っていた矢先のことだった。


「――――」


 始めに覚えたのは。それが何に由来するのかわからない。国府宮弓の人生の経験値のポイント割り振りは尖っていたので、突如としてはやり始める心臓の音を聞いて、平静に在るよう努める。


 ――偶然なのか奇跡なのか、それともそういうなのか。風景に溶け込むように、けれども一度見たら目を離せなくなるほどに魅力的なその少女は、俺と同じように、ファーストフード店のテラスのテーブルから独り雑踏を眺めていた。


 交差点の向こう側。こうも視線を固定させるその少女に、けれど街行く人々の誰もがフォーカスを合わせない。


 それが、何者であるかはわからない。どうして今なのかもわからない。ただ、早鐘はやがねの心臓は確信を持って訴えかける。


 逃すな。きっとこれは何かの間違いの産物で、と。


 使い古され過ぎて、もう出典が何だったか思い出せない一文に共感する。


 愛は少しずつ育むものであるが、だ。



 信号が青に変わる。国府宮弓を飲み込んだ雑踏が再び動き始める。


 持てる武装は、奇をてらうためのこのアイスくらいなものだろう。指輪も何も、今回は役に立ってくれそうもない。


 緊張を押し殺す。一度外したら次にはもう視界から失せていそうな少女に向かって歩く。嗚呼、なんてことだろう。命を懸けた危険なミッションは何度もあったのに、どうして、それこそ【麻薬王】を討ち取った時よりも、俺は、


 ――射止めるために、既に討ち取られたのは認めるがともかく、初手でをかけに、挑んだ。


 俺に気付いた少女の目が大きく開かれる。どくん、とそれだけで心臓が高鳴った。


「ごっ……五段アイス……!?」


 掴みは上々。ありがとうオネーサン。アンタを選んで本当に良かった。



 急ぐな。まだきっと射程の外。最初の言葉が肝心で、ああクソ。キッスさんもブライバルさんも、けしかけるくせにこういう時の戦略を教えてくれないもんだから、俺は今こうしてまったく安心できないまま、手を打たなければならない。


「あのさ」


「は、はい?」


 そうして、俺は。


「――五段ってのはロマンだよな。それだけで夢がある……なら当然、好きなものを五つ積み上げるのは当然だ。それで、助けてほしいんだけど」


 一世一代の弓を引く。






 /his epilogue



 ――蛇の道は蛇、と言うが。足を洗ってなお、拭いきれない何かがあったかのように、その電話は鳴った。


『お久しぶりです。その後は如何でしょうか』


「……番号は変えたはずなんだがな」


『はい。ですので苦労しました。何しろ条件に合いそうな方が、今となっては貴方くらいしか見繕えませんでしたので。終わった取引の関係をまた出すのは、無礼とも存じております。ですが一件、お願いしたいものがございまして』


「……アンタらの討伐は済んでいる。これは亡霊からか?」


 オレのこれまでにしてきたことの報いであるというのなら、それも頷けるが。電話の向こうでそいつは小さく笑った。


『いいえ。生き汚いもので、まだなんとかやっています。それでいかがでしょう。人手が足りない、ということはありませんか?』


 …………。


「カミさんが腰をやったが、オレ一人でどうにかなる。も必要じゃない」


『それは重畳ちょうじょう。お互い後ろ暗い物があると陽の光に痛みますからね。奥様のご快復を祈ります。……では、その間の戦力としてはどうですか?』


「……アンタが売り込むとは珍しいな。どんなヤツだ。それに今は昔ほど支払いが良くないぞ、こっちは」


『ええ、存じております。こちらとしては――そうですね。惜しい、と言いますか。確かに珍しいんですよ、私が……私達が、他者の人生――それらを惜しむのは。助けてもらったので、その後も彼の人生が続けば良い、と思いまして』


「…………なら、そっちで匿えば良いだろう」


『それが……お恥ずかしい話、生存がバレてしまいまして。このままだとズルズルと死地まで同行させてしまいそうなんですよ。なので、どうか』


「……まぁ、アンタらには世話になった。それで、どんなヤツなんだ」


『気が利く良い子で頭の回転も速い。仕事もすぐに覚えるでしょう。少し達観というか諦観している部分がありますが、今の貴方の商売でしたら、もしかしたら良い方向に作用するのでは、という打算もあります。データは後でメールを送りますのでご覧ください。それではまだ業務が残っているので失礼いたします、ブライアン氏』


「その名前で呼ぶな、アルマトール副社長」


 電話を切って間を置かずに届いたメールを確認する。瞬間、オレは時を止めた。



 薮睨みの総白髪の少年。いつもつけていたピアスは無いが、これは間違いなく――共に戦い、そして忘れもしないあの夜に失われた、最後の一人だった。


「どうしてお前さんがそこにいる、チャン…………


 今しがた電話をしていたアルマトール……マリオン古美術専門店、ルナ。それに滅ぼされたチェスの<ナイト>の写真が、揺らぐ。



「イングリッド……ブライバル……キッス。オレは、」


 沢山の者を傷つけ、裏切ってきて、一人のうのうと生きてきたツケを払え、と言うことだろうか。


 カットラス幹部、ドニー=ブライアンとして生き、【麻薬王】の片腕として人々を不幸に貶めながら、チェスの情報屋として動き、全てを清算して、こうして生きるオレに。


 腑に落ちない部分もある。ルナであるアルマトールが、国府宮弓を手放す理由がわからない――あるいは、


 アルクの生存も含めて、わからないことが多いが、おそらくはこの期を逃せば次は無いだろう。


『はい』


「請け負った。支払いはどうする?」


『それがですね、今年中にお引渡しするつもりだったんですが、少しまだ立て込んでおりまして。それも兼ねて、今回は引き取り料をこちらでお支払いします』


「有難すぎて怪しいぞ、いっそ。……コイツの名前は?」


『さぁ。≪洗浄≫しましたので、元の名前はなんとも。お引渡し時にもなっているので良ければ何か、良さそうなものを差し上げてください』



 年末の電話はそうして終わった。


 来たる一月一日、元旦。


 オレは、まだ子どもも生まれちゃいないのに、もうすっかりデカくなった忘れ形見を迎え入れる。




 /


 そうして、彼には遠い空での出来事があった日の翌日。


「マスター、俺さ……どうしたらいいのかな」


「んなもんは行くに決まってるだろ、クビだ、ソラ。荷物抱えてとっとと行け」


「うっわ薄情……マジっすか。でもさ、。今更俺が行っても、アイツの為にならないっつーか……っかしーな、っつったのになーアイツ……」


「薄情なのはお前さんの方だよチャン。お前さんは忘れて、あの子はずっと忘れなかった。それだけの話だろう? お前さんが脱ぎ捨てたパーカー、着てたじゃないか。チェスの<クィーン>は。あと指輪」


「……うっす。でも、俺がいなくなって大丈夫っすか、この店」


「元々居なくても大丈夫だったから心配なんざするな。行けよ」


「ほんと薄情だなあ! 行きます。ミスったら慰めてください」


「誰がするか。じゃあな、元気でやれよソラ」


「……ハァイ。お世話になりましたぁ」


 そうだ。さっさと行って、取り戻せ。



「……子どもが生まれたら、会いに来てくれ」


「…………、うっす!」



 店から出て行く後姿に思う。ずいぶんと絡んだ糸を、解くことはできたのかと。


 願わくば、指に絡めるその幸福を、今度は手放さないように。



 /討伐記緑『カットラス殲滅戦』ときにはむかしのはなしをしよう

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