/3 Door


【緑】のカラーズ、<ザ・タクティカル>チェスによる『カットラス殲滅戦』。その三ヶ月ほど前に、アメリカの路地裏でそのはひっそりと発端した。


 警察の介入は一段階目まで。それ以降は別の圧力がかかり、公的な記録は存在しない。二十一世紀になろうとも、そう数を減らしていないモノが関わっていたからだ。


 ――さして面白くもない話題だ。起こった事故はその実、ありふれたものでしかない。ただ、麻薬の売人と買い手が揉めただけ。


 揉め事で残ったのは買い手の方だ。売人は死体で発見され、この事故は笑えるものではないが、やはり決して話題を攫えるようなものではなかった。問題は一つ。売人が持っていたクスリも、下手人と断定できる買い手の人間と共に消えていた。……問題はまだ、それでもない。


 事故発覚当時、おそらくは返り血で赤く染まったジャンパーを着ていたその少年は、気付いたのだろう。と。



 ――そうしてへと変貌した。アメリカの暗部を、獲物を求めて狩人が徘徊する。だってそうだろう。彼からすれば、しごく当然のことだ。


 自分はクスリが欲しい。そしてクスリを持っている奴がいる。金を払わずともクスリを手に入れる手段が


 そうして、彼は着実に噂として浸透しながら、金と欲しい物を集めていった。被害者である売人たちの生死の割合は、意外なことに生きている方へ多く傾いている。そのが何であるかは、一応の事件収束後にも不明であり、やはりトチ狂った中毒者の、冷静に行えない判断力に由来するものと思われた。


 それでもに使う脳味噌は残っていたのか、少年は三度目の目撃にして仇名を付けられた。


 <血合羽ブラッドコート>。雨も降っていないのに着用している安いビニール製の雨合羽レインコートは、言うまでもなく返り血対策だろう。犯行現場に被害者と一緒に脱ぎ捨てられるソレもあって、いよいよ路地裏発の怪談は、噂話として一般人の知るところとなった。



 ――そして、自分の『場』を荒らされた当の『王』……【麻薬王】カットラスによる、私的な賞金首となるまでに二週間。皮肉なことに、その間に随分と市街地が平和になった。なにせ、買い手も売り手も皆出歩かなくなったのだ。


 そして事態は過激化の一途を辿る。昼夜問わず行われる<血合羽>の捜索。末端の売人からその顧客、果ては汚職とクスリに溺れた警察官、この時代には憤慨物である、中毒者の賞金稼ぎカラーズまでもが【麻薬王】の尖兵となって彼を追い立てた。



 ――その全てを返り討ちにした時。彼は(推定だが)自身に懸けられた賞金よりも多くの富を手にしていた。売りさばくことが可能であれば、の前提が入るが……あらゆる売人、中毒者の所有していたクスリを押収――もとい、その為に夜毎の犯行が行われていたのだが――した彼は路地裏の伝説となった。


 そのまま進めばあるいは、本当に伝説の『麻薬狩り』にでもなったかもしれないが。【麻薬王】は事態終息の手段を変えた。狩り殺すことが適わなければ、手駒にするまで。どうせ末期の中毒者だ。追われる事にも疲れるだろう。自分の私兵になれば、好きなだけ最高品質のクスリと遊ばせてやる。


 狩りハント交渉ネゴシエイトに変わり、<血合羽ブラッドコート>が首を縦に振るまでに六人ほどその交渉人が、というオチがこの話には付く。



 /


「はい、はい。わかりました、今向かってます」


 内線から携帯電話に連絡手段が変わり、地下室に設けられた彼等の賭場から一階に向かう三人の私兵。謎の勢力による襲撃から十五分。王として君臨する【麻薬王】の危機察知能力は伊達ではないらしく、既に外では虎の子の戦車を導入する段になっているにも関わらず、逃走経路の確保にほぼ成功していた。


 一階へ続くドアを開けた瞬間、さっき嗅いだ硝煙の匂いが廊下から漂う。


「P1接敵。これより交戦する」


「出たァー! なんなんこいつ等!?」


 同時にマシンガンを構え、激しく撃ち合う。どちらの動きも馴れたもので、申し合わせたかのうような三人組スリーマンセルの二つの勢力は、即座に扉や調度品などを遮蔽物にしながら戦闘に入った。


「なにって。カラーズでしょ、しかも色つき」


「はァー!? 何言ってンだよ、色付き!? やめろよなー!」


「ぴーわん、とか言ってたでしょ。それアレです、『ポーンその1』の符丁。あ、銃置いて来ちゃった。先輩持ってないです?」


「なんでお前さんそんな冷静なの? 今日はダウンにキマってるの? あとなんでそんなに詳しいの?」


「そりゃ【緑】のチェスは有名でしょ。金懸けられたならフツー」


「はい銃」


「うっす」




「照合完了。ドニー=ブライアン、賞金額2万ドル。カットラス幹部。トビラです!」


「おっしゃ気にしないでぶっ殺すぞー!」


「ねえなんか連中殺意高くねえ?」


「ドニーさんがトビラっすからね」


「なにそれ開くの? あとお前さんホント働いて!?」


「トビラってのはカラーズが使う用語で、生死問わずの賞金首のことっすね。生死問わずデッド・オア・アライブの頭文字を取ってDOA、ドアって読みを日本語でトビラって言うんですよ」


「ああもう丁寧にありがとう! 頼む! ここ何とかしないとじゃあオレが死ぬじゃん!」


「うっす。でもあんま期待しないでくださいよ。クスリ切れてすげー鬱」


「さっき飲み込んだアレなんなの!? まだ五分くらいしか経ってないんだけど!! マジで頼む――チャン!」



 ――話を戻そう。事件の終息を成し遂げた『最後の交渉人』がこのドニー=ブライアンであり。


「まぁ、ドニーさんに死なれると俺も困っちゃいますからね」


 右手に受け取った拳銃と、左手にガラス製の銃に似た――無針製の注射器を握った、チャンと呼ばれた少年こそが路地裏の伝説――<血合羽ブラッドコート>である。


 両手を上げて立ち上がる。降参するように前に出てきた少年に銃声が止み、


「ボスと合流したら教えてください。すぐに向かうんで。此処は――」


 チャンは、左手の注射器の先端を首に当て、引き金に似たトリガーを引いた。


「俺が、まあなんとかしますんで」


 ぱしゅん、と頚動脈に撃ち込まれる無色透明の液体。だらりと下がる両腕。


 彼が走り出すのを合図に、ドニーともう一人の男は後方へ向かって全力で走り出した。


「ドニー=ブライアンが逃げるぞ! 標的1を速やかに無力化する!」


 不意を打たれたかP1のカラーズはマシンガンを構えなおす。その瞬間、天井の電灯が彼ら目掛けて落下した。


「ッ!?」


 がしゃん、とガラスの飛び散る音がする。その時にはもう、目の前に白い顔の少年が立っており――超至近で額に向けた、


「あ、こっちじゃねーや」


 注射器を降ろし、きちんと拳銃を向けなおして、くらく笑った。


「オツトメゴクロウサマデス。そっちはどう? 調

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