/2 Preparation


 ――襲撃は多面的かつ同時に行われた。時差をものともしない、世界各国に存在する『カットラス』の要所へ、<最大>五十ものカラーズが襲いかかる。


「P1はそのまま先行。安全第一セーフティ・ファーストで。R2は後ろについたまま。P2とP3は両翼に展開、今回の獲物は撃ち漏らしが面倒だから、逃がさないように」


 衛星回線を利用した無線がそれぞれの戦地へ、司令部HQからの指示を運ぶ。


 聞き違えようのない、良く通るトゥエリ=イングリッドの声の奥からは、どこの戦場からであっても似たり寄ったりな戦闘音が鳴り響いていた。


「Kは今回別枠だから気にしなくていいよ。安否もそう。こちらはこちらで仕事を完遂すれば良い。……さて、だけど埒が開かないな。まったく、現代社会はこれだから!」


 それもそのはず。彼の立つHQ……戦略の中心地こそ、敵本陣のそのだからだ。チェスゲームにおいてキングが敵陣深くに切り込む意味は無い。だがカラーズのチェスにおいて、キングの仕事は玉座に座ることではなく、従えるカラーズの兵士ポーン達の先に立ち、最前線で指揮を飛ばし、同じようにその武を振るうことであった。


【麻薬王】カットラスの邸宅に踏み込み、手荒い歓迎を受けつつも館の中に突入することが適った人員は一桁。現状、屋内の状態を明確にするには情報が足りず――イングリッド他、数名の最大戦力が広大な庭を突破できない理由が、目の前に君臨するだ。


 晴天のメキシコに眩い十字が咲く。美しい庭園を破砕し、瓦礫も人もトランポリンで跳ねるように宙高く舞い上がる。


「R1、どうかな」


 タタタタ、タタタタタ、とリズミカルに機関銃の演奏が鳴り響く中、この場においては自分よりも適任であろうRルーク1――ブライバル=ブライバルにイングリッドは問う。


はなぁ……キッス先行は悪手だったかもしれないやね、ボス。ま、中は中で何が待ち構えてるかわかったもんじゃないけど。いいよ、俺がなんとかしよう。手榴弾ある?」


 用途正しくショルダーバッグを肩にかけ、チェスの<ルーク>、ブライバル=ブライバルは笑って見せた。


「R1隊は俺の後に続いてくれ。や、毎度毎度危ない橋渡らせて悪いけどさ!」


 何を今更、とブライバル隊のポーン達が笑う。


「P5は右舷から最大速で前進。敵戦車の注意を一発分だけ惹いてくれ。あとはブライバル隊に任せよう。進軍開始!」


 号令一下、チェスの進撃が始まる。


 P5隊が敵の生死も確認せずに突き進み、目論見通りに戦車の砲塔が一段へ向けて廻り、発射。


『着弾! 戦闘不能5、戦死現状0!』


 報告を無線で受けながら、ブライバル=ブライバルが戦車に向かって突貫する。



「――さぁ、ちっと早めの大一番だいね!」


「ブライバルさんッ! 犬ッッ!!」


 砲等がきりきりと音を立てて回頭。ブライバルに向かう最中、二頭のドーベルマンが彼に跳びかかる瞬間を、兵士達は見る。


 シン、と音なく振るわれた右手のダガーが、中空で牙を剥いた番犬の喉を掻き切った。さらに一歩。身体を捻りながらその流れでもう一頭の噛撃をかわし、叩きつけるように脳天にダガーを突き立てる。きゃいん、という悲鳴の中、地を這う下段からピンを抜かれた手榴弾が、アンダースローの要領で戦車へ向かって超低空で放たれた。


 砲塔がブライバルとR1隊を正面に捉える。その瞬間であってもチェスの<ルーク>は止まらなかった。跳躍。爆発。戦車の手榴弾が爆炎をキャタピラの隙間から吐き出す。



ってのはホントだったみたいだいね。や、重畳ちょうじょう重畳」


 次弾は発射されず。内部に火の手が上がり、慌ててハッチを開けて出てきたカットラス私兵の視界に、戦車に乗り上がったブライバル=ブライバルの姿が映った。


「軍からの横流しか。お薬ってのはマジで人をぶっ壊すよな。ダメ、ゼッタイ」


 犬も人も区別なく。ブライバル=ブライバルのダガーは首を裂く。


 ショルダーバッグから取り出した残りの手榴弾を全て戦車の内部に放り込み、跳び降りてからチェスの<ルーク>は<キング>に手を振った。



「これでいいかい、ボス。



 爆発、炎上。粉砕された戦車を背に笑うブライバル=ブライバルに、トゥエリ=イングリッドも笑って頷いた。


「敵戦車沈黙! 今が好機だ、往くぞ諸君――!」


 響き渡る銃声をかき消すように上がったチェス側のときの声に、カットラス兵が思わず後退を始める。


 それが伝播したかの如く、各所からの敵陣壊滅の報告が相次ぎ、チェスの攻勢は更に加速した。






『――ボス。こちらキッス。今、敵キングの部屋に入ったけどハズレだ。人っ子一人いやしないよ。三階フロアの制圧は終わったけど』


「了解。気を抜かないでくれ、キッス。情報屋の話だと、どうも危ない手合いの私兵がいるそうだ。の討伐確認ができていない」



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