強盗童話/Ⅱ

冬春夏秋(とはるなつき)

『前日譚』

討伐記緑/カットラス殲滅戦

/1  To war.


  砂のような黄色い土と、突き抜けるような青空のコントラストが美しい。


 乾いた風が太陽の熱をいくらか和らげ、強気な色男のように天空へと持ち上げて行く。


『……情報屋より、最終報告。敵戦力、配置に変更ありません』


 ――メキシコ郊外。小高い山を背にしたその場所に、城かと見紛うばかりの豪邸が、玉座に座る王のように君臨していた。比喩とは言い難い。事実、その豪邸の持ち主は一国の王よりもある意味で権力を持ち。その、街から離れた郊外……人気の途絶えた瞬間から全ての土地はその男の所有物であるのだから。



「了解した。だいぶ肝を縮めただろう。払いに上乗せすると伝えてくれ。……では改めて、集まってくれた仲間たちに確認を」


 ――鉄の門は威圧をもって来訪者を出迎え、その奥の庭は瑞々しい緑の園に、二つの噴水が涼を持たせている。大型の優秀な番犬ドーベルマンが放し飼いになっており、日課とはいえありふれた日々に欠伸をするガラの悪い番人たちの肩には機関銃が乗っていた。



「召集に応じてくれてありがとう。これから先はだ。いつもよりも遥かに危険で、その分とても美味しい案件。もしかしたら今日よりも後、私たちは今以上に命を狙われるかもしれないけれど、そこはどうか容赦して欲しい」


 ――その豪邸の威容を、肉眼ではなく、片手に持った大型タブレットに映るとして見下ろしながら、彼は。



「勝った後のことを先にするのは、何だったか……そう、確か『取らぬ狸の皮算用』だ。あまり良いことではないし、早合点はやはり良くないけれど、これも許して欲しい。折角のメキシコなので――最高のテキーラを既に注文してあることを言っておくよ」


 耳に入る小さな笑いのざわめきに、同じように笑った。


 大青を切り裂いて、一本の飛行機雲が描かれていく。



「始めよう。――総員、戦闘配備。




 ――時は二十一世紀。この時代最高の発明、Fairy-Powderにより多くの飛行症候群ピーターパンシンドロームが空を舞い、一方で時代錯誤も甚だしく復活した懸賞制度により、賞金首を狩ることで生計を立てる賞金稼ぎという新たな職業が生まれた。その、世界に名だたる八組の賞金首を【ミリオンダラー】といい、専業賞金稼ぎ……【カラーズ】の中でも最上級の五組は、それぞれ五色の『色つき』で呼ばれている。



 これは、彼らが半年後に消滅するまでに打ち立てた、今なお塗り替えられていない懸賞金最高額獲得の記録。



 カラーズの中で<最大>と呼ばれた者たちの一大討伐記緑きろく


 かの【麻薬王】を討ち果たした、【緑】のカラーズ、<ザ・タクティカル>チェスによる『カットラス殲滅戦』の全容である。




 /



 外の快活さが反転したような地下室だった。地下室なので窓はなく、部屋の隅で換気扇だけがくるくるとやる気なさげに回っている。


 壁紙などと気の利いた装飾もなく、打ちっぱなしのコンクリートの閉鎖空間。全体の持ち主である麻薬王は見えないところで倹約家なのか、天井の中央に1セットだけ設置された蛍光灯が、その光を煙に妨げられていた。


 怠惰と、大麻と、煙草と、退廃が仲良く同居している空間だった。一機の換気扇だけでは取り尽くせない気だるい空気が充満している。


 蛍光灯が見下ろす中央に、丸いテーブルを囲んで四人の男がポーカーに興じている。


「そんでよ、俺がボスに言われてソイツの部屋に行ったワケ。一回くらいはやってみてーじゃん? 鍵かかったドアを銃でぶっ壊して入るってやつ。でも一応確認したら鍵かかってなくてさ。バカじゃん? そりゃ普通にお邪魔しますってなるよな。そしたらやっこさん真っ最中で、女の方も完全にキマっててさ。オレ困っちゃってさ。売りさばくならまだしもなんで自分らで使っちゃってんの? ってさ。回収できねーじゃんってマジギレしたよな」


「その話まだ続く? っつーかおっかしーなーソレこないだ聞いた気がすんだよなー。っつーかさっさと乗るか降りるかしろよ、コールかかってんだけど?」


「だぁーからこう、女が乗ってたんだって! ロデオもびっくりな感じで!」


「だぁーからさっさと賭けるか降りるかしろっつってんだよ! 滞ってんだよゲームが!」


「オレはコール」


「俺もコール」


「ンだよこっからが良いとこだってのに、あぁあぁわかったっつーの、コールな、コール」


「ったく次また唐突に語り始めたらぶっ殺すぞマジで。じゃオープン。俺ぁツーペア」


「ワンペア」


 長々と自分の体験したエピソードを語っていた男がへらりと笑った。


「俺の話を聞いといた方が良いっつー教訓だ。スリーカードな。まっ、授業料だと思って払えよ、ぎゃはははは」


「あぁもぉホントぶっ殺してえー」


 カードをばら撒いたその横で、


「フルハウス」


 俯いたまま、この場の空気と自分は無縁だとばかりのテンションの低さでカードを晒す少年がいた。


「ぶっ」


「……あぁ?」


「あぁもぉ俺の負けだけどコイツよか良いわ。ナイスだぜお前さん」


「おっまえふざけんなよ、これ俺が勝つ流れだったじゃねーか!」


「そんなん知らないよ、アンタの話と手札に関係ないでしょ」


「あ? 先輩に向かってなんだその口の利き方ぁ。お前みてーな新人は空気読んで花を持たせるとかしとけよ!」


「ハッ。どこの国のブラック文化だよソレ」


「おい、いま笑ったか?」


 怒りに任せて振り下ろした男の拳がテーブルを揺らす。跳ね上がる酒瓶を掴むというナイスプレイを負けた男の一人が行い、もう一人はカードを投げた手のまま顔を覆った。


 怒りを表現する、という所作においては少年の方がスマートだった。


「だいたいお前、」


 ばんばんばん。


「だいたいアンタ、。なんでこの煙たい部屋で解かるレベルの口臭なんだよ」


 ばんばんばんばん。


 睨み合いもせずに、抜いた銃で対面でそのまま七発、立ち上がった男を撃ち抜いた。


「あーあーやっちまった」


「おま、何してんの? そりゃ俺も死ねば良いのにって思ってたけどさぁ」


 嘆く声にあまりにも真剣さが無い。部屋の酸素と同レベルで、認識の濃度が低下している。


「オレだって仕事で来てるんだし、先輩方を殺すのが仕事じゃないってことくらいわかってるんですがー」


 全ての指に指輪が嵌まった手で、半端に擬人化されたあまり可愛くないウサギとクマらしきモノがプリントされたフィルムの封を切り、少年はラムネのような白い粒を掌に全部落とすと口に放ってガリガリと噛み砕いて飲み込んだ。


「あ゛ーいつまで続くんだろうこの生活」


 などと少年がボヤいたところで内線のコールが響いた。ゲームの仕切りをしていた男が億劫そうに受話器を取る。


「はい。…………おい、お前さんほんとどうすんだよコレ。仕事入っちゃったよ」


 仕事。彼らの本分である。


「えー? どこ行くんすかー」


 中毒者ジャンキーそのものの、アイシャドウばりにクマの入った視線を向ける少年に、彼は真面目な顔を作って告げた。


「ここだよ。攻め込まれたんだと」


 空気は弛緩したまま。よっこらせ、とテーブルから離れ始める。


「じゃあお仕事しますかー」


「なあ一人足んないんだけど?」


「もうやだこの新人」


「あのヒトの分もオレが働きますって、だからボスには口裏合わせといてくださいよー」


「もうやだこの新人」


 棚から各々の武器を手に取り、油が切れて軋むドアを開けて出て行く。最後に出た少年は、部屋に残った男の死体を見て。


「…………イッパチ」


 と、さして重要でもなさそうに呟いてドアを閉めた。


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