#9 Passione(7)
「はぁ、はッ……」
二対一。
「シッ」
仕込みステッキと最大四挺の拳銃。対して相手は素手。
「――――ッ!?」
なのにどうして、押し込まれる――!?
マッドハッター渾身の居合い――かつてレオのレイジングブルのカスール弾を斬って捨てた剣閃が、残像一つを切り裂いてかわされた。
膝を曲げるだけの上下運動。正確に首を跳ねる軌道の剣を、文字通り頭一つ分だけ下げ、必殺の斬り返しが起こるより速く。突き出された右フックが本来ならばガラ空きだなどととても言えない、その僅かな隙に
「づっ――!」
「おりょ? 良い反応してんじゃーん!」
腹筋を根こそぎ持っていくはずが、刹那の間に硬質な邪魔――添えられた鞘――に遮られた感触にブラック=セブンスターは惜しみ無い賞賛を贈る。
衝撃は一目瞭然だった。踏ん張っていた両足、体勢はそのままにマッドハッターの位置だけが後ろに下がる。
「マジでバケモンじゃねェか、クソがッ!」
その後ろから横に飛び出たレオが悪態を吐きながら二挺を構えている。撃鉄は既に起こしてある。狙いを付けるまでに0.2秒。引き金を引くまでに0.2秒。合計して秒の半分以下の時間。だというのにそこにはもうブラックはいなかった。
(下? いや、上か――!)
視線と右手のレイジングブルを同時に振り上げる。正解だ。ブラックはレオが出てきた瞬間に壁際へと飛び退き、そのレンガの壁に足がかかるところだった。
ガン、ガン、と二発分の弾痕が壁を崩す。ブラックはあろうことかそこからさらに壁を二歩駆け上がり、空中側転。びたり、と反対側の壁に着地した。
「スパイダーマンかテメェ……!」
「糸とか出たら便利だなー!」
ぐ、と膝に溜めた力が爆発する。それこそ弾丸のような特攻で斜め上方からレオに飛び蹴りを放つ。驚愕の表情を浮かべながらレオは二挺の拳銃を交差し構え、そこに靴裏が強かに撃ち込まれた。
「がぁ……ッ!?」
後方に吹っ飛ぶレオを「ヒュゥ♪」と口笛を吹いて着地するブラック。
「イイねェイイねェ。一発もらえば即オダブツ! 今日びキミらみたいにヒリつかせてくれる獲物にゃさっぱり出遭えなくってさ! もっとアガるだろ? 愉しませてちょーだいよ。こっちはやっとエンジン温まってきたトコなんだからさ!」
HAHAHA、と快活に笑う黒人に、けほ、と咽たマッドハッターは笑顔を返せない。
間一髪防いだとはいえ、腹部への痛打は確実に体力を削り、それはこの戦闘中もじわじわと動きを低下させるだろうことは明白だ。
「……ブラック=セブンスター。【賞金稼ぎ】の、賞金首……」
これほどか、と目を細めて相手を見る。窮屈そうにネクタイを緩めているソレは、冗談甚だしいが、まだ本調子ではないらしい。
そして、遭遇の際に上空から現れたタネも理解した。空前絶後の身体能力。コイツは、壁を道にして現れたのだ。
「ごほっ、ごほっ……ぜぇ、ぜぇ。……路上パフォーマンスも、その性能でやられると、たまったもんじゃあ、ねェわな」
咳き込みながら背後でレオが立ち上がる。
「パルクールも楽しいモンだぜ、お二方。オレぁお空に興味なんてないけどな。あんなボードなくったって、自由に駆け回れる。親父とお袋に感謝しなきゃだよな! このオレには、立派な二本の腕と脚がある。それだけでオレはどこまでだって行けるし、何だって捕まえられるってなもんよ!」
にっ! という笑顔を浮かべ、ブラックが構えた。左手を僅かに下げ、右手は顎の前に半身を取る。スーツに身を包んだ、スタンダードなボクシングスタイル。
タン、タン、とステップを踏みながら、目だけが笑わずに目前のマッドハッターと、その後ろのレオを冷ややかに照準している。
「……Hey。マジで気張んねぇと、ココでノックアウト、だぜ?」
その時――ぶつん、と。レオの耳で何かが切れた音がした。
「どけ、イカレ帽子屋――!」
その合図と意図を、背中越しにマッドハッターは正確に察した。地面を蹴って横に飛ぶ。開かれた軌道上に、
「避けれるモンなら避けてみやがれ――ブラックさんよぉッッ!」
四挺。完全な銃の間合いで、レオの<四つ牙>が火を吹く――!
「うおおおおお!? マジかそりゃあ……!」
横殴りの雨のように殺到する銃弾、銃弾、銃弾。これにはさしものブラック=セブンスターもたまらず回避運動に専念した。跳び、回転し、転がり、路地裏に置き去りにされていた車の裏側に避難する。
「なんつー回転だよおっかねぇー! だがリボルバーならそう数は出せねえよな?」
その通り。ごんごんごん、と車のフロントを三度、破壊する勢いでノックした後、ものの数秒で掃射は終わった。銃弾を全て吐き出したレオが再装填を済ますまでにマッドハッターを仕留めればそこでチェック。再び路地裏に躍り出るブラックの足元に、
「一発残ってンのかよ!?」
どごん、と地面を破砕する銃弾。思わず冷や汗をかくブラック。
「だぁが! 打ち止めみたいだなレオさんよ! ……って、what's?」
びし、と指を差した場所にはレオも、マッドハッターも居なかった。
「あっくそっ! 待てよ! こっからがアツいトコなんだろー!」
だがしかし、と大通りへと二人を追いかけながらブラックは考えを改める。
先の掃射は間違いなくレオの必殺技だろう。それを逃げのダシに使えるくらいには、あのガンマンは度胸と頭がある、と。
車が行き交う車道を挟んで、その向こうに走って行く二人の姿を認め。
「オーライベイビー。付き合うぜぇー?」
クラウチングモーション。セット。
ブラック=セブンスターは観客がいるのなら惚れ惚れするようなスタートダッシュで始動した。しなやかに伸びる腕と脚。砂塵を置き去りに、そのまま車道へと踏み込み……
「1!」
一歩。歩道から現れたことにも気づかずに走行する車の上に乗る。
「2!」
ごん、と車の屋根の上でもう一歩。更に跳ぶ。対向車線を走り抜ける車に片足が着地する。
「3!」
ハイジャンプ。反対側の歩道を歩いていた人々の視線が止まる。まるでスローモーションで展開された一幕の中、虹のような弧を描いて空中を走ったブラックは、民衆にピースサインととびきりの笑顔をするというサービスを忘れない。
ソレを目撃した人間に共通に訪れていた走馬灯が終わった時、ブラック=セブンスターの姿もまた路地裏に消えていた。
「レオ、もう来ているぞ……!?」
「んなワケ、うぉあマジかよどうなってんだっつーの!?」
突如として背後に出現した(としか思えない)追跡者に、渾身以上の力を振り絞ってレオとマッドハッターは路地裏を走り抜ける。
無造作に置かれているゴミ箱やら何やらを倒して障害物を形成するのも忘れない。
「次、出たら左だ帽子屋!」
「くそっ……どうなっても知らんぞ!」
再び明かりが照りつける通りに抜け、直角に曲がる。
僅かの後、ブラックが大通りに現れた。
「おい、レオ……!」
「だぁってろ、ミスったら死ぬぞ!」
これにて終局。ミリオンダラーの進撃、あるいは敗走はこの場所で終わった。
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