#8 Maestosamente(6)
紙に包まれた煙草の葉の最後が、灰になって落ちた。
「……
もはやフィルターだけとなった煙草を弾いて捨て、スズはウィル警部補へと緩慢に視線を移動させた。
「ご覧の通り。罪状に一本追加だぞぅ、壊し屋。シンガポールあたりなら罰金も洒落になんないトコだっての」
警部補は自身が持つ権力と指揮力の全てを用い、また包囲に参加した警察は全力でこの場に駆けつけた――スズの目論見どおりに。
包囲完了の報せを受け、ごくりと唾を飲み込んでからウィルはゆっくりと頷いた。
「それで、チャイルド=リカーは? ……ハァーーーーン!? 交戦中!? 誰と!? へっ? 【赤】のカラーズぅ!? ファッ!? 『獲物の取り合い』ィ!?」
無線機に向かって全力で声を走らせる警部補。
「先輩の嘘つきィー!? チャイルド=リカーが来てくれないとか! 昇進!? 本官に二階級特進しろってことですかコレェー!」
モウヤダオウチカエルー。とひとしきり喚いた後、涙をぐっと拭って、半ば捨て鉢のようにスズを指差す。
「こうなりゃヤケだ! 大人しくその戦争用みたいな武器を捨てて投降しろOZのスズ! お前は完全に包囲されている!!」
スズが俯く。ク――と漏れたソレは、あるいは耐え切れずに零れた笑いかもしれない。
「……良いだろう、だ」
「ほっ?」
予想できなかった従順さに、ウィルの口がぽかんと開かれる。
その顔の真横を、オレンジ色に光る丸い玉が過ぎて行った。
カッ、と光が後ろから走り抜ける。コンマの後、爆音と爆風。
「ほっ?」
「捨てたぞ、だ」
「
どるん、とウィル渾身のツッコミをかき消すような
アスファルトよりも黒いタイヤ痕をしの字に描き、スズは車体の正面を警察部隊本陣――ウィルの方へと向けた。
「か、っ……構えィ――いや待って誰もう撃ってるの!?」
ぱん、ぱん、たたたたた。スズの遥か後方から銃声が聞こえる。勝手に開戦をされてしまったが、こちらはまだ発砲の合図を出していない。
「位置的に十時B班かなァ!? こちらウィル警部補! 何やってんですか、へっ? 目標発見? いやスズは本官の目の前に、? ミリオンダラー? いやそうですよ!? はっ? FPライダー!?」
――瞬間。光の粉を撒き散らしながら、今まさに鉄火場へと成り果てる寸前のこの場所を、赤と青の流星が駆け抜ける。
キィン、と風を切る音。地面すれすれを稲妻のようにジグザグに。時には交差しリボンを結ぶように。スズと警察部隊の銃撃戦よりも先に開幕した走空戦を、ドロシーとアリスが繰り広げている。
「あれは――」
「あっ! スズーっ!」
仲間の姿を見つけて手を振るドロシーを追い抜き、
「街のド真ん中で銃撃戦だなんて、野蛮だこと。嫌になっちゃう!」
アリスは鼻を鳴らしてレンガ造りのアパートメントの壁に激突――するわけもなく、上昇気流を掴んだ<クイーンオブハート>が垂直に壁面を昇り始めた。
「
拳銃を振り上げて憤慨するウィルを尻目に、差し込む陽光の鎖を断ち切ってアリスは肩にかかった髪の房を払う。
「お先に失礼? ドロシー」
「スズっ、スズっ。カカシから伝言ねっ!『そのままよろしく』だって! 頑張ってねっ!」
差を付けられながらドロシーは仲間へと笑いかけ、
「ああ。愉しんで来い、だ、ドロシー。此方は任された、だ」
次の武装……二挺のマシンガンを両手で軽く挙げ、スズは応えた。
ドロシーは直進しながら右手を横に出す。道路標識のポールを掴み、進路が螺旋のそれへと変更された。
「なっにっがっ『お先に失礼?』よ、アリスッ!」
キィン、キィン、キィン。一回転するたびに<サンデイウィッチ>が空気を切り裂く音が大きくなり、放たれる光の粉は濃くなり、間隔は短くなっていく。
「おぉぅ……『アッパーソウル』……」
ウィルの口から感嘆とも取れる声が漏れた。
FPボードの
そして最大値。限界まで引き絞られた弓から放たれる矢のように、<日曜の魔女>はポールから自身を天空へと向けて射出した。
キュァン、という音と輝く残滓だけを残し、その姿は文字通り「あっ」と言う間に大空でアリスを追い抜く。
「へっへーん。お先に失礼? アーリスっ♪」
「ぐっ……このっ! 待ちなさいな、ドロシー!」
その場に残された者たちの間に、奇妙な沈黙が流れ――それを、スズの疑問が打ち破った。
「FPボードに興味が? 警部補」
「……ほんの少し、かじった程度であります。み、妙な邪魔は入ったがこっちの勧告は変わらないぞ、スズ――」
ダダダダダダダダダダダダ。
乱射されるダブルマシンガン。
「だからさっきから捨てているだろう、だ」
「だぁーからソレ捨てるって言わないのォー!? ええい、全軍突撃ィー!!」
そうして、やっとのことで火蓋は切って落とされた。
方陣状に囲まれたスズは、圧倒的に数で不利を負っている。
そして同時に、火力と兵装の数で、警察部隊を凌駕していた。
「あぁ、良いな」
紡がれた言葉は流暢な日本語だった。
「全員、一匹残らず死に物狂いでかかって来い」
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