#7 Takt(S)


「……『合図』、か。あれで良かったのかな」


 かけていたゴーグルを首に下げ、カカシは斜めになった地平を眺める。


 チャイルド=リカーを発見、指示された通りに合図――彼に向けてガトリング砲を掃射して以降、<最強>のカラーズはその場を動いていない。対峙しているのはまさかの<最速>のカラーズ。


 レオはあと一歩というところでトトを取り逃がし、そこで邪魔が入った。


 世界警察の警部補と事を構えたスズが未だ動かない理由を、その思惑を考えるに――彼は自分に警察勢力の集中を狙ったのだろう。イレギュラーばかりの今回の一件だが、これでひとまず更なる乱入が起こらない限り、トト捕獲に関しての邪魔は入らない……と思いたい。


「けど正直、分が悪いなぁ、今回のカードは」


 マリアージュ=ディルマとエルの加勢には本気で驚いたが、自分達と蓮花寺灰音に対する好意の結果で、それ以上の思惑はないと信じたい。そしてあの二人が味方だとしても、チャイルド=リカーを封殺することは適わないだろう、と結論を出す。


 先にマッドハッターと遭遇したレオが三すくみにでもなっていなければなあ、とも思う。恐らく、入った邪魔――レオの言葉を借りるなら引いた貧乏くじというのはブラック=セブンスターだ。こちらも戦力差が目に見えている。


 明らかに自分たちを標的としている白黒コンビ。カカシの中での評価は『危険度最大』。理由は明白だ。あの二人は規格外も甚だしい。ごく最近、だ。バックアップがあったとは言え、【大強盗】のリーダーである少年はその危険度を正しく認識している。


 棚上げにすべき問題を先に考える。どうして今日、ロンドンの街でこんなにも戦力が動いているのか。蓮花寺灰音を問いただすわけにもいくまい。そう、これはきっと、たまたまだの偶然だのの糸が嫌な具合に絡まっただけ。次に活かせる経験でもないだろう。だからその問題の根幹に関しては早々に捨ておいた。


 ミッションの達成条件はふたつ。速やかにお宝を銜えて街を走り回っているトトの回収。それから、無事に全員が逃げおおせることだ。


「…………ドロシー」


 少年の声は風に攫われる程度だったが、少女は正確にそれを拾って顔を上げた。


「んっ、なぁに? カカシっ」


 白熱していたアリスとの口論を即座に切り捨てて飛行艇と同じ高さまで上がる。


「トトを捕まえる役、ドロシーにお願いしてもいいかな」


「うんっ、いいよっ!」


 即答。花開いた笑顔は太陽のように眩しい。カカシは視線を切って「じゃあ、よろしく」と小さく言った。


「はぁーい!」


 その声も拾われる。ガンマンが愛銃を回すように、自らが乗るFPボードを軽く蹴って一回転させると、ドロシーは市街地に向けて降下して行った。


 そのの残滓となって揺れる光の粉を眺めるカカシへ、もう一人の少女が言葉を投げた。


「随分と信頼しているのね、ドロシーのこと」


「付き合いは長いから。何が出来て何が出来ないかくらいはわかるさ」


「あら、妬けるわね」


「それは僕に? それともドロシー? 今日の君の目的は、アリス。この僕じゃあないんだろう?」


「あら心外。まだ貴方を諦めたわけじゃあなくってよ、わたくし。でも、そうね? 貴方がわたくしたちに興味がないのは我慢ならないけれど、諦めもつきます。けれどドロシーが……いいえ。ドロシーまでわたくしをその他大勢だって軽んじるのは我慢ならないだけで諦めなんてつかなくってよ。ねえ、カカシ? わたくしとドロシー、どちらがFPライダーとして優れているか、見当はついていて?」


「さぁ」


 そんなことに興味はない――という本音のひとつを飲み込んで。


「わからないな、アリス。試してくると良いと思うよ。少なくとも僕の見立てでは、あと少しこうして話しているとそれが決定打になるくらい、二人の間にハンデは必要ないと踏んでいる。どう?」


「それは同感ね。それじゃあまた今度。次はのんびりお話でもしましょう」


 空中でドレスの裾を摘んでの優雅な一礼。夢に落ちるような速度でアリスはから舞台へと走り去る。


「うん、急いでね」


 それを見送り、カカシはアリスを焚き付けたもう一つの本音を風に乗せる。


「……ああ見えて寂しがり屋なんだ、ドロシーは。独りで飛ぶことに苦痛を感じる」


 今度こそ、その言葉を拾える人間は存在しなかった。


 ≪Pi≫


「さて、僕は僕の仕事をしよう。レイチェル、電話を」


 ≪Pi。了解しました、マイスター。どなたへお繋ぎいたしましょう≫


 愛機のAIは僅かな心情の揺れさえ表に出さず、主に忠実に自らを駆動させる。




『ハローハロー。今日はオフなんですけどぉー。なぁんの用事ですかねー金満強盗さーん』


「ねえバド、同じ街に来てるでしょ」


『なぁんのことですかねぇー』


「でリカーに僕らの事を売ったでしょ」


『wait。……                  ちょっとハイネちゃんOZにオレのことバラした!?


                  『だっだだだって今日は本気でピンチじゃないですか!』


『あーもーソレオレがピンチになるってコトじゃんー!? ……うぉっほん! お待たせ。で、何の情報が知りたいの? あとお仕置きは勘弁してください』


「いいよ別に。賞金稼ぎと賞金首は敵同士だけど【情報屋】は中立、そうでしょ?」


『本来狩られる側でありながら敵とか言える胆力たんりょくパネェ』


「リカーたちに何を売ったの?」


『あーん? 今日はお遊びみたいなもんだって言うし、断れなかったんだからな! 先に言っとくけど! この街のマップだよ。どこに何があって、とかそんなん!』


「それで、今ハイネはバドといるの?」


『そうそう。ハイネちゃんは表立ってアンタらのサポートなんかできるわけないからねー! 用事も終わって居残り組。でも聞くにだいぶヤッちゃったみたいだけど?』


「ハイネを責めないようにね。後は確証が欲しいんだ。そっちの戦力はチャイルド=リカー」


『うんうん』


「それとブラック=セブンスター。間違ってない?」


『バッチリ。ブラックはレオとマッドハッターと交戦じゃないかな、この流れだと。てかなんで不思議の国ワンダーランドが来てんの? 合同童話?』


「じゃあ今回の情報料はソレでいいか」


『腐ってもビジネスで相手してくれるミリオンダラーマジリスペクト。ソレで手を打つよ』


「買い物だってさ」


『はっ?』


「偶然今日居合わせただけで、後は僕らにちょっかい出したかっただけみたい。情報提供ありがとう」


『こちらこそクソ情報を代金にしてくださりやがりましてどうもありがとうございますぅー! ねえやっぱり怒ってる?』


「怒ってないよ。じゃあハイネのことよろしくね」


『あーい。鉄火場はどっちも向いてないんでェー』



 ≪通信終了。お疲れ様でした≫


「うん。さて、どうしたものかなぁ」


 ドロシーとアリスの一騎打ちは軽く見積もってイーブン。そして彼女たちなら、【赤】の二人がいきなり敵に回らない限りは逃走まで心配はいらないだろう。


 問題はやはり、リカーとブラック。


 ただひとり、遥か上空からそれぞれの思惑が入り乱れる盤上を見下ろしながら少年は考える。


「……ブラックジャックだと、ディーラーの最初の一枚がエースなら降伏サレンダーでも悪くないんだけど」


 そして、思考に耽る時間もそう多くは取れない。どこかひとつでも決着がついてしまえばそこで終わりだ。


 決着がついてしまえば。


「――よし。そうだな、そうしよう」


 ≪Pi≫


「行こう、レイチェル」


 ≪了解しました、マイスター≫


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