#6 Stretta(B)


 そうして。カカシの読み通り、レストランが軒を構えた交差点でレオは目標トトと遭遇した。


「BINGO! さすがだぜ坊! ったく、余計な面倒かけさせてンじゃあねェぞ、トトッッ!」


 アメフトのRBランニングバックがロングパスをキャッチするかのような、全力疾走しながらのハグモーション。OZの飼い犬は、その鬼気迫るテンションの飼い主の一人に――


『!?』(びっくぅー!?)


「!?」


 垂れた耳を跳ね上がらせ、直角に進路を変えて最高速度で逃げ去った。


「うぉぉぉいトトォー!?」


「ふっ、ふふはははは! 飼い犬ひとつ満足に手懐けられないようで百獣の王ライオンが務まるのか? レオ」


「うっせえ笑ってンじゃねえぞイカレ帽子屋ァ!」


「さぁ、来たまえ。君に興味はないが、あの男の顔が屈辱に歪むというのなら話は別だ」


 曲がった先にはマッドハッター。膝を折り、【怪盗】の一員らしく優美な仕草で横取りインターセプトを完遂すべく手を伸ばし――


 たたたたたたたたっ


「…………」


 見向きもされずにその横を走り去られる。


「だっはっはっはっはっはっは!!」


 目尻に涙を浮かべながらレオがその横を通り過ぎた。


「うるさい、笑うな!」


 そうしてリプレイ。路地裏を、大の男二人が大人げなく口汚く罵り合いながら一匹の犬を追いかけるシーンが再開される。



 そこに、



「おーっ? なんだ、文字通りのドッグラン開催中ってか? 楽しそうなことやってるじゃないか! オレも混ぜてちょーだいよ!」


 から、更にもう一人の乱入者の声が入った。


 トトと二人の間に、砂煙を巻き上げて着地する黒人男性。その、登場に、レオとマッドハッターは足を止めた。


 FPだと――?


「Hello、お二人さん。イイ大人が揃ってなァにやってんだい。いや、違うか。悪い大人が、だなこりゃ! HAHAHA! 二人がノコノコとまァ、ご苦労なこって!」


「……の間違いだろうが。何しに来てンだよ手前テメェ」


「ナニってそりゃ、に決まってんじゃあないの!」


「……【】。七番、ブラック=セブンスター」


「Yes、I am! よろしくな、ご同輩! 二番OZのレオに、八番不思議の国のマッドハッター!」


 人の好く笑顔を浮かべながらストレッチなどをする黒人を前に、肩で息をしながら二人は思考を巡らせる。


 ――ミリオンダラーの七番目にして、元【黒】のカラーズ。ブラック=セブンスター。


 その実力は、悪評も含め誰もが知るところであり――困ったことにだ。


 英雄ヒーローに憧れ、一度はその名声を手に入れておきながら、狙われる立場の賞金首へと堕ちた、<最強>と肩を並べる存在。


「ちッ。リカーだけでも手に余るっつーのに、厄日か今日はぁ」


「なんだと。それは聞いていなかったな」


「お前ェにゃ関係ねえっつーかあわよくば捕まれって思ってたからな」


「貴様」


「……坊。悪ィがバカ犬はそっちに任せるわ」


『レオ? どうしたの?』


「いや、ちぃっとばかし貧乏くじを引いちまっただけさ、心配いらねぇよ。後でまた連絡入れるぜ、チャオ」



「……へェ? やる気か。イイぜ。正直オレはどっちか一人でも仕留められれば御の字だから、一人は見逃してやっても良い、とか思ってた!」


「んじゃこの帽子屋を譲るわ」


「貴様」


「冗談だっつの、間に受けンな」


「……まぁ、私もレオを囮にして逃げるつもりだったが」


「手前ェ」


「冗談さ、真に受けるな」


「そんで? 二人とも、で良いのかい」


 ブラックの視線を受け、レオとマッドハッターは互いをちらりと一瞥。



「……ラクリマ・クリスティ。1966ビンテージ」


 そしてレオが、レイジングブルの撃鉄を額に当て、そう言った。


か。ビンテージなら高くつくな」


 では、とマッドハッターが耳にかかる三つ編みを払い、薄く笑って


「シャトー・ルパン。2012」


怪盗ゲン担ぎかよ。いいぜ、乗った」


「おいおい、何のまじないだい?」


「馬ァ鹿。賭け金だよ。どっちが手前ェをすかっつー」


「良いワインを賭けておけば、どちらが勝ってもだろう?」


「……HA!」


 ブラックは。ブラック=セブンスターは久しくお目にかかれなかった獲物の活きの良さに笑う。


 両手の指を一本一本、親指から鳴らしていきながら、【賞金稼ぎ】のミリオンダラーは告げた。


「……今日のオレは、寝不足だってのになっがい空路で時差ボケしまくってる。そのうえ生徒の服選びでこ~んな窮屈なスーツまで着ることになっちまっててさァ。ダメ押しでからは『遊びに留めろ』とか言われてンだよねぇー」


「……今から不調を言い訳にでもするつもりか?」


「不調も不調、絶不調。……オレの賭け金はハイネケン。20だ」


「あぁ?」


「勝利の美酒ってのはやっすいビールでイイんだよ、オレはさ。そうら、ミリオンダラーズ。天下のブラック=セブンスター様がこんだけ手ェ抜いてやるって言ってんだ。カマンカマーン」


 くいくい、と揃えた指を曲げて挑発する。


「…………」



「遊んでやるよ。ついでにレオは見定めだ。アイツの友人を名乗るのに相応しいか、ってなあー! HAHAHAHAHAHAHA!」


 ――その挑発を受け流す、という選択肢は、もはや二人には存在しなかった。



「……おい帽子屋。賭け金に上乗せだ。チーズもつけるぜ」


「珍しく気が合ったな。オランダの良いのを仕入れよう」


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