#5 Traumend(R)
≪Pi。マイスター。ミス・レンゲジからメールです≫
「読み上げて。……レオが一番近いか。レオ、聞こえる? トトはたぶん、次の角を右に曲がると思う。レオはそのまま直進すれば先の十字路で噛み合う……うまくいけばだけど。ドロシー、アリスを任せて大丈夫?」
≪Pi。『お師匠様を見つけたら何でも良いので合図を』以上です≫
『了解。だけどよ坊、どうしてトトが曲がるって読めンだ? ……だあぁッ! 付いて来ンじゃねえよクソ帽子屋! お呼びじゃねェにも程があンだろッ!』
『言われなくても相手するけど! ……で、なんなのアリス。また性懲りもなくカカシを狙うって? 良い度胸してるじゃない』
「レイチェル、ハイネに返信を。『了解、ありがとう』って。スズは……うん? そうするんだ……なら任せよう。えーっとそれから、トトか。――レオ、トトが進路を僕の予想通りに行くとビーフシチューのお店があるんだ。それで、今はランチタイム」
『OK把握した。食い意地張ってることを願うぜ、っと――』
最上空から場を
「――――ッ!」
瞬間的に目の前に乱立する土柱にたたらを踏んだチャイルド=リカーは即座の判断でテナントの軒下に身を潜ませた。うぉん、と空気を振るわせて赤い飛行艇の影が小さくなる。
「……
どうしたものか、と煙草を吸いながら一考する。喧騒に紛れて幾つかの空を切る音――FPの駆動音が聞こえる。それから散発的だが箇所を変えながら届く、派手な銃声……移動している。
「……ま、己の狙いはそっちだよなあ、順当に考えるならば。だが立場上、アレも捨て置けん。やれやれ」
定めた
「若造にはちと荷が重い、か。……スズがまだ何もしていないのが不気味っちゃあ不気味だが……さて。己の弟子はどうカードを切ったかね」
電話を手に取る。
「……人気者っつーのも困りもんだ、そうだろう? ポイント1588から1600付近だ。今回はそっちを手前様に譲るよ、兄弟」
『オーライ。あんま羽目を外すなよ相棒!』
「そりゃ手前様の方だろうが。今回の狩りは正式じゃあないんだ。【七番】入りの再来みてえな馬鹿騒ぎすんじゃねえぞ」
『ハイハイ。生徒の友人がどんなもんか、せいぜい見させてもらいますよっと』
地面に穿たれた弾痕を見、硝煙も消え失せた頃にチャイルド=リカーは再び日の下に踏み出した。思考の片隅に置いておいた空襲は今度は到来せず――
どのタイミングで明暗を分けたのだろうか、と。
「……ク。そうかい。それが手前様の
歩道の先で、まるで自分を待っていたかのように立つ――真実その通りだろう、障害の姿を認め、喉で笑いを噛み殺した。
「喜ばしいと思いましたの。偶然の運びというのは。そうでしょう? チャイルド=リカー。たまたま今日、この街に来ていたから、
差した日傘の下で、マリアージュ=ディルマはそっと微笑んだ。
「ウチの弟子が順調に人脈構築していってるようで何よりだぜ、ディルマ。それで? 手前様が己を止めるっつーならまぁ、少しは遊べそうだ。兄貴はどうした?」
「あらあらまあまあ。怖いお顔。
リカーが言葉を遮るように真横に跳ねる。寸でのところで、元いた場所を通過する光の粉。動かなければ轢殺していた銀色の大十字とそれに乗った黒衣の男。
「いま到着しましたわ? 残念、外してしまいましたわね、お兄様」
「この己に、チャイルド=リカーに不意打ちかますとはよくもまあ思い上がったもんだ。なあ? エル」
「そうだな、少し思い上がっていたと認めよう。完全に見切られるとは……いや、ここは流石、と言うべきだな、<最強>」
マリアージュ=ディルマの横に降り立ち、十字架を模したFPボードを肩に乗せたエルは、奇襲を卑怯と羞じるでもなく頷いた。
「ふーっ……」
最後に紫煙を吐いて煙草を落とし、チャイルド=リカーは自らの行く手を阻む同業者に、あらためて問いただす。
「……んで? その<最速>も地上では分が悪いと承知で己の前に立つ理由はなんだ、クリムゾンスノウ。【大強盗】を捕まえたいっつーんなら、分け前は折半になるが」
「嫌ですわチャイルド=リカー? あの方々はハイネちゃんの、未来の獲物なのでしょう。
「現状、シナリオとしてはミリオンダラーを巡って、色つきのカラーズが少々揉めた、で済む。まあ私は
「そうかい。貧乏くじだなエル。同情するぜ」
「それに、私怨も少々入ってますの。ですからどうか、ここで
「……ぁン?」
この二人が蓮花寺灰音の個人的な友人で、同業者――カラーズながら自分の足止めをする理由はもう良しとした。が、リカーとしてはこの二人――もといマリアージュ=ディルマに恨みを買う理由が見当たらなかった。
「ハイネちゃんから聞きましたわ?」
笑顔の中に、ふつふつと憎しみを沸かしながらマリアージュ=ディルマはリカーの罪状を告げる。
「――あの子に似合う服を。着せ替え人形みたいにだなんて、ずるいですわ!」
「……あぁ?」
「
「おいエル。手前様の妹、大丈夫か?」
「マリアはいつもの通りだ。苦労をかけるが付き合ってくれ」
「駄目だこいつ。まともなこと言ってるように見えて妹と同じレベルだわ」
「……そういうわけで、
「凄ェな。出したつもりも無ェのに弟子が抵当にかかってやがる」
「代わりに、
「お兄様! それはあんまりですわ!?」
「凄ェな。なにひとつ割りに合わねェ」
ともあれ、こちらのテンションは下がり、向こうは俄然やる気になったようだ。そこまで込みの采配で【赤】を自分にぶつけたというのなら、弟子は充分に上手くやった、と褒めてやるのも
「……いや、これは予想してなかっただろうなあ。終わったら、ちと真面目に友人の選び方をレクチャーするべきか」
ため息をひとつ。チャイルド=リカーは首を鳴らすと、
「良いぜ。茶番に付き合ってやる。己は遊ぶが――手前様たちは本気で踊れよ、クリムゾンスノウ」
どんな理由であれ、自分の前に立つのならば蹴散らす、と前に踏み出した。
「まあ怖い。――鏡よ鏡よ鏡さん。悪い女王の末路を知っていて?」
「それは悲惨なものだった。赤く焼けた靴を履かされて、まるで踊るように苦しんだ」
「そう、その通り。踊るのは貴方の方よ、チャイルド=リカー」
とくん、と跳ねる心臓。自分たちを『敵』と認めた<最強>。それだけで衰えそうになった戦意を、芝居がかった遣り取りで燃え上がらせる。
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