#4  Rhapsody


 そして。一匹の犬――もとい、ソレが銜えたお宝――を追い込むOZに、それぞれの障害が立ちはだかった。


 /


「ごきげんよう、ドロシー。そんなに急いで何処に行くのかしら?」


「アリス!? アンタこそ何しに来てンのよ! 急いでるんだから邪魔しないでッ!」


 空中。いつかの再来とばかりに、赤と青の少女が向かい合う。



 /


「久しぶりだなレオ。少し付き合っ――」


五月うるェ! そのままおっねクソ帽子屋ぁ!」


 狭い路地裏。口上は銃声に打ち消された。



 /


「…………」


「…………」


 大通り。ぶるん、と馬のようにいなないたアメリカンバイクのエンジン音に青ざめる若い警官。


「……今日は非番じゃないのか、だ。世界警察本部警部補殿」


「くそっ、くそくそくそぉー!? もうちょっとで公務終了だったんだよ本官はぁ! ただの視察で済ませてくれれば良かったのに!」


 いまだ外されてない連合国家公務員のバッヂを恨めしく思いつつ、ウィル警部補は本物としか思えない怯えをその顔にたたえたまま、スズの前に立っている。


「そうか。、だ」


「だっだだだだ駄目に決まってんだろおー!? おま、【大強盗】がなにしれっと世界警察の前を一般通過しようと思ってんの! ダメ! ゼッタイ!」


 逃げ出したい。今すぐ逃げ出したい。


 だが逃げられない。理由は二つ。


 ひとつ。今日この日、彼自身が言った通り視察におもむいたのはウィル警部補ひとりであり、サクライ警部は本国――アメリカだ。他の誰でもないウィルにとって頭が痛いことに、現場の指揮権は彼にある。彼には世界警察以下、英国国家警察、ロンドン市警までを動かしこの事件の解決にあたる権利と義務があるのだ。


 端的に言うと隠れるための上司がいない。


 もうひとつ。これは出くわした【大強盗】の一人がこのスズだからだ。OZの壊し屋クラッシャー。跨るそのアメリカンバイク――機体呼称<オーディン>に搭載された重火器がひとたび火を吹けば、街はその瞬間に地獄に変わる。、それは迎えてはならない展開だった。


 ず、と抜かれるグレネードランチャー。それを見たウィルの手が前に突き出される。開かれた掌には当然、拳銃など握られていない。


「Just a moment!!」


 スズの手が止まる。


 片方だけが振り切れそうな緊張の中。ごくり、と喉を鳴らしてウィルはもう片方の手でスマートフォンを耳に当てた。


「……先輩。無理、です、一大事。自分の、前にいるの、スズです、スズ。……は? なんとか持ちこたえろってアンタ馬鹿ぁ!? 撃て? は? 威嚇射撃!? 無茶言わんでくださいよ!」


「撃て、だ?」


「アンタに言ってんじゃないよもうちょっと待って! 後生だから待って!?」


 ――立ち塞がってはみたものの。目の前では今にもグレネードランチャーを撃ちそうな日本人の偉丈夫いじょうふ。電話口では男を見せろ青二才と煽る上司。片耳に入る、混迷極まる現地警察からの無線連絡。


 世界警察本部警部補はわかりやすく詰みの一手を打たれていた。


「……撃っていいか、だ」


「良くないわ!? 強者らしく余裕ぶっこいてろ! 煙草の一本でも吸ってろ! あわよくば引火して自爆しろ!」


「…………」


 ジャカッ。


「ごめんなさい調子乗りました落ち着いてください今ここには罪もない一般人が多くいるんですそんな中でアンタのソレがぶっぱされたら大惨事じゃないですかマジで勘弁してくださいいやほんとお願いだからもう少し待ってえ!?」


 状況から見れば完全に白旗を上げ、ぶんぶんと振って降伏をアピールしていると言っても過言ではない世界警察本部警部補。だが同時に、これ以上なく不本意ではあるだろうが――退OZで一番の危険人物の前に立ち続けている。


 その顔に浮かんだ恐怖は。また、尚も自らの行く手を阻み続ける世界警察としての正義感も


 矛盾や二律背反と言うほど大げさではない、が。同居するには相性の悪い二つの感情を同時に持って自分の前に立つ青年を、スズは少し意外なモノを見る目で眺めた。


「……お手並拝見、だ」


 エンジンを切らないまま、引き抜いたグレネードランチャーをバイクに戻し、言われた通りに煙草を銜えて一服する。


「ふーっ……住民の避難、だ」


「……は?」


「それから、おれを包囲するまでの時間はどれくらいだ? だ。待ってやる、だ」


 とん、と指先でフィルターを叩き、落ちる灰。それは刻限を告げる砂時計と同じだと悟ったウィルは電話をしまい、手首につけた無線のマイクから現場警察に指示を飛ばす。


「――こちら世界警察本部警部補ウィルです。現在中央通りにてOZの壊し屋と会敵中。包囲は三段階。小回りは利かないから、広く取って、くれぐれも密集しないように展開すること。本官はこれより――」


 ……にぃぃ、と心許こころもとなさで唇が笑みを象る。


「これより、にて足止めを敢行する。各員、本官が吹っ飛ぶ前に包囲展開完了よろしく、であります!」


「……ク。なかなかに粋じゃあないか、だ。世界警察本部警部補殿。一発芸のストックはあるのか、だ」


「こちとら飲み会でその才能はないって先輩にお墨付きを貰ってるもんで! さぁ、自分ともうちょい付き合ってもらうぞ、<ブリキの兵隊>、スズ……!」


「……声が震えてなければ満点だったな、だ」


 吐き出される紫煙。灰になって落ちた煙草は全体の三分の一に差しかかっていた。


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