3.

 それのことは、実は中学生に入る前から知っていた。

 お父さんとお母さんが教えてくれたのだ。


「うぉふん……えー、こういうのは、早めに伝えておく方がいいと思って、な」


 緊張しまくりのお父さん見て、お母さん、めちゃくちゃ笑ってたっけ。


 あの時はさっぱりわかんなかったけど、先週はじまった性教育の授業で、わたしはようやくピンときたのだった。

 駆人くんへの恋心と一緒に。


「じゃあ、まずはダイスを出すところから始めましょ!」


 先生が呼びかける。

 わたしたちはいっせいに、手を自分の胸に置く。


「感覚、まだ覚えてる? 先生合図するからねぇ。……はぁい!」


 目をつむり、胸に置いた手に神経を集中した。

 感覚は生まれつき刷り込まれてるって話なんだけど、まだまだ慣れない。なんていうんだろ、あるはずのない尻尾を動かすような感じ……?


 だけどしばらく探っているうちに、なんとなく、あ、これかなっていう気配が見つかった。

 あとは、これを引っ張り出す感じで……っと。


 閉じた目の暗闇が、ぱあっと輝く。

 目を開くと、自分の胸から、輝く粒子があふれだしている。

 それは川のように空中を流れて、手にまとわりつき、通り過ぎ、わたしの目の高さで集まって、形を作っていく。


 まばゆい光が収まると、『ダイス』が目の前に浮いていた。

 名前どおりの、サイコロみたいな形。

 真っ黒な表面に、青い光が心臓とリズムをあわせてさあっと走る。

 縦横高さはきっちり十五センチだって、先週の授業で習ったっけ。

 にしても、相変わらず、あんま可愛くないなー、わたしの。

 もっとピンク色とかがよかったよ。

 

 教室のあちこちで、同じような光と一緒に、色とりどりのダイスが飛び出していた。愛美先生は教室を歩き回り、にこやかにひとりひとりを見てまわっている。


「あら、東雲さんは前よりきれいに成型できてるわね。その調子よ。森くん、焦らないで! 人によってペースは違うから大丈夫。佐々木くん、もっとまじめにやりなさい! 大事なことなのよ! ……高槻さんは相変わらずうまいわね。先生もう言うことないわ」


「ありがとうございます」


 梅子が目を伏せてぶっきらぼうに答え、隣でニヤつく男子をぶっとばしていた。


「あら」


 私のところへ来た先生が、目を丸くした。


「三栗山さん、すごいじゃない! 前は全然呼び出せなかったのに!」


 そりゃそうだ。

 死ぬほど家で練習したもん。

 わざわざアピールするのも恥ずいから、笑ってごまかすけどね。


 それにしても、体からこんなものが出てくるの、やっぱりなんだか変な気分。別に体に穴があくわけでもないんだけど、なにか大事なモノが抜け落ちたような感覚がしてそわそわする。みんなもそうなのかなあ?


「さて」


 教壇に戻った先生が、教卓に手をついて、みんなをぐるりと見渡した。


「前の授業の内容、覚えてるかな? これは、なんのためのものでしょう?」

「子供作るんだろ!」


 真っ先に声をあげたのは、クラスの悪ガキ、佐々木くんだ。


「こいつでコーハイして、子供ができるんだよな!」

「そうよ。よく覚えてるわねぇ!」


 佐々木くんのニヤニヤ笑いにも動じず、先生は言った。


「今からずっと前、子供を作るのは、すごぉく大変だったの。みんなの体にはね、ダイスの代わりに生殖器っていうものがついていて、男の子と女の子はそれを使って、セックスという行為をする必要があったの。それは、女の子にとってはとっ…………ても大変だった! 相手によってはものすごく痛かったり、病気になる危険性もあったり……望んでもないのに無理やり襲われるなんていう、ひどい犯罪だって起きていたのよ」


 心底嫌そうに、先生は眉をひそめる。


「さらに、女性は妊娠といって、一年近くも自分の体の中で、子供が育つのを待たなければいけなかったのよ。その間はお腹が大きくなって動けなかったり、ひどい吐き気に悩まされたり……それはそれは大変だったの。さて、質問。そんなとっても大変な子供づくりを、例えば先生のような働く女性はどう思ったでしょうか?」


「はーい、やりたくないでーす」

「え、絶対ムリじゃない? うちのお母さんめっちゃ働いてるし」

「てか無理やりってヤバくねー? 俺ちょー興奮するんだけど」

「うわ佐々木キモい」

「つか俺らからしてもそんなの面倒じゃね? 痛がられたら一気に悪者だしさぁ」

「男がちゃんとすればいいだけでしょ」

「だからぁ、それが面倒だっつーの」


 口々にあがる声を愛美先生はにこやかに見つめ、手を叩いて話を打ち切った。


「そう! 男の人にとっても女の人にとっても、すごく面倒よね。だから昔の人はみんな子供を作らなくなった。そして、日本の人口はどんどん減っていった……。そこで生まれたのが、この『ダイス』なの」


 先生の言葉に反応して、教室に浮かぶサイコロが、いっせいにキラキラする。


「この箱には、あなたたちの遺伝子情報――体を作る設計図みたいなものね――と、人の材料が入っています。あなたたちはこれを交配させることで、昔のような面倒なことなしに、子供を作れるようになったの。……さ、先週の復習はここまで。今日の授業は、教科書二十四ページから――」 

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