4.

「――ねえ、はわわどうしたの?」


 放課後。

 終業のチャイムと同時に、梅子が話しかけてきた。


「昼からなんかおかしいよ。ずっとぼけーっとして……何かあった?」

「梅ちゃん……わたし、振られちゃった」


 幼馴染の切れ長の目がまんまるになる。


「えっ? 振られ? えっ、誰に?」


 答えようとして、喉が詰まった。

 昼休みの光景がフラッシュバックする。

 青い空。

 水しぶき。

 どんどん遠ざかってゆく背中。


「あー! 番長がはわわ泣かしてるぞ!」


 佐々木くんの無神経な声に涙が押し出され、

 私は自分の顔を両手でふさいだ。


「ちょっとはわわ? こら佐々木てめぇぶっ殺すぞ! ……ね、とりあえず外いこ? ね?」


 手がみるみる涙で濡れていくのを感じながら、わたしはうなずく。

 こんな顔、梅子以外の誰にだって見られたくない。

 手を引かれてわたしは立ち上がる。


「うぉ、修羅場だ修羅場。女の戦いが……痛ェ!」


 はやしていた佐々木くんが、梅子に足を思いっきり蹴られて悲鳴を上げた。

 梅子は教室を出て、ずんずん廊下を歩いていく。

 わたしは片手を引かれ、もう片方の手で顔を隠し、それについていく。


 たどりついたのは、校舎裏庭のベンチ。

 わたしは梅子と並んで座り、そうして、ぽつりぽつりと話した。

 昼休みにしたわたしの一世一代の告白と、そのあっけない終わりのことを。


「そっか……B組の中村くんに……」

「告白した瞬間に、『ごめん無理』って、言われて、わたし、それで」

「おーよしよし。がんばったね。辛かったね、悲しかったね」


 抱き寄せられ、頭をなでられる。その手つきが優しくて、心地よくて、こらえていた涙があとからあとからあふれてくる。


「はわわさぁ、でもあいつは止めといたほうがいいよ」


 ちょっと怒ったような口調で、梅子は言った。


「あの男、二学期に入ってからもう三人くらいに告白されてるけど、ぜんぶ断ってるみたい。しかも一瞬で」


「わたしが四人目なんだね……」


「あ、いやえっとそうじゃなくて! でね、ひとりがどうしてもって食い下がったんだけど、そしたらあいつなんて言ったと思う? 『女なんてクソだ。同じ空気も吸いたくない』だって! ひどくない?」


「クールでかっこいいと思う」


「はわわ……」

 梅子はため息をついた。


「ま、いまは仕方ないよね。振られたばっかりだし、まだ好きだもんね。でも、きっとそのうち忘れられるよ。あんなやつと付き合わなくてよかったって、思えるよ。ね?」


 そう言って、彼女はわたしをぎゅっと抱きしめる。制汗剤のにおいが鼻をくすぐる。剣道をやってる彼女の身体は、わたしと違って、細く、しっかりしてる。なんだか男の子に抱きしめられてるみたいで、ちょっとだけどきどきして、そしてまた、目から涙がこぼれだした。

 

 梅子。

 大好きなわたしの幼馴染。


 小学生のころの遠足でお弁当を落としたときには、泣いているわたしにお弁当をわけてくれた。クラスの男子にからかわれたときはいつだって走ってきて、追い払ってくれた。大きな犬に追っかけられたときも、必死に守ってくれたよね。


 いつだって助けてくれる、大切な大切な、わたしの親友。

 




 ――ごめんね。

 でもわたし、知ってるんだ。



 


 あなたも駆人くんを狙ってること。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る